【写真】佐藤輝明(2026年撮影)

10月22日は日米球界のレジェンド・イチローの誕生日だ。今年で53歳。歳月の流れは何とも早い。そのイチローに幼少期からあこがれ、野球を始めた佐藤輝明が「大リーグ挑戦」についての取材を受けた。ポスティング制度での移籍を阪神が容認してから初めて公の場である。

そうは言っても移籍先は未定、交渉に向けてデリケートな時期とあって限定された形での代表取材となった。ファンにすれば、もっといろいろ聞きたいとは思うだろうが、移籍先が決まったらそういう場も設けられるかもしれない。

そんな中で佐藤の口から印象的な言葉が飛び出した。「甲子園は最高」というものだ。往年の虎党なら懐かしく思い出すであろうセリフ。それはイチローがオリックス時代、好敵手として常に意識していた名投手・伊良部秀輝が発したものだった。

90年代半ばのロッテ時代に球団とモメた挙げ句にヤンキースに移籍した伊良部。それでも「現役の最後は甲子園でやりたい」との希望をひそかに持っており、闘将・星野仙一の阪神監督2年目となる03年、本当に阪神へやってきた。

そして同年4月18日の横浜戦だ。伊良部は9回132球を投げ抜き、同学年の桧山進次郎(現・日刊スポーツ評論家)のサヨナラ本塁打で勝ち投手となった。そのヒーロー・インタビューでのことだ。

「いやあ~。甲子園は最高ですよ」。照れくさそうにそう言った。甲子園の歓声のすさまじさは重々知っているつもりだが、このときのわき方は今でも強く記憶に残っている。豪華さも厳しさも含め、メジャーの環境を経験した男の口から出た言葉に「おおーっ!!」という歓喜のどよめきがスタンドに響き渡ったものだ。

それにしても、とは思う。伊良部のそれは戻ってきた人間が発したものだが佐藤の場合はこれから行くのだ。「なぜ最高の場所から…」などと古い人間としては思ったりするのだが、これも時代の流れか。

そして大事なのは阪神である。佐藤が抜けたら戦力ダウンするのは誰でも分かること。それでも「テルおらんかったら全然やな」と言われては困るのだ。「聖地」を本拠地にする球団の責務として、やはり阪神は強くいなければならないと思う。何年後かに「最後は最高の甲子園で、阪神でやりたい」と佐藤に感じてもらうためにも。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)

情報提供元: 日刊スポーツ
記事名:「 【虎になれ】「最高」の場所から旅立つテルのためにも強い阪神であれ 」