【写真】就任会見後のフォトセッションに応じる左から中日大島宇一郎オーナー、工藤公康新監督、加藤宏幸球団社長(撮影・森本幸一)

工藤ドラゴンズが誕生した。中日は15日、ソフトバンク元監督の工藤公康氏(63)が1軍監督に就任することを発表。工藤氏は名古屋市内のホテルで監督就任会見に臨んだ。背番号は、ソフトバンク監督時代と同じで今季まで森越祐人内野守備走塁コーチ(38)がつけていた「81」に決定。ソフトバンク監督時代の7年間でリーグ優勝3度、日本一5度を達成した“優勝請負人”がチーム再建を担う。

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工藤氏の一問一答<4>は以下の通り

-ソフトバンク監督時代に、チームの変化をコミュニケーションを通じて感じるところはあったか

ありました。僕が監督を7年間やっていて一番うれしかった言葉は「監督も変わりましたね」と、選手に言ってもらったことです。優勝で胴上げしてもらうことよりも、日本一になることよりも、その言葉の方が僕は一番うれしかったので。時間もかかりました。駄目だった僕にいろいろ教えてくれたのも選手です。だから僕自身は決して監督を偉いと思っていませんし、選手のために何ができるかっていうのが本来の監督の仕事ではないかなという風には僕自身は思っています。

-背番号81番はソフトバンクの監督時代と同じ。背番号への思い

経緯はほぼないんですけどね。「81でいいですか」「いいですよ」という感じだったので。経緯というのはないんですけど、僕は81しかつけたことがないので、違う番号に違和感を持っていたというところはあります。別にそこで成績が出たから81にしたいって思ってはいません。なので、つけたことがなかったり、自分のラッキーナンバーっていう数字もあったりとかするので、そういうところからも自分が81がいいんじゃないかなという風に思って、お伝えさせていただきました。

-優勝するチームの共通点

共通点というのはまず1つは、当たり前を当たり前にできるかどうかです。基本を大切にするということであったり、1つ1つのプレーに対して全力で取り組むということです。当たり前と言われていることを当たり前にできるかどうかっていうところも大事だという風に思いますが、コミュニケーションであったりとか、言い方に関しては、言い方が悪いと強く映ってしまったりとか、強く聞こえてしまったり、違う意味で取られてしまうというところもありますので、皆さん書く時は慎重に書いていただければと思っています。まだ選手と会ってもいなくて、話もしていないので、たぶんこれはライブで流れているという風に聞きましたので、それを見ている選手が「あ、」と思ってしまうのも、これはよくないことですので、その辺はよろしくお願いします。

-春季キャンプに対してどのようなイメージ、構想があるのか

春のキャンプというお話がありましたが、春のキャンプが大事なんじゃないんです。大事じゃない時は一時もないです。皆さんもひょっとしたらシーズンが終わったらシーズンオフという解釈の仕方をされている方もいらっしゃるかもしれない。休む、これだけ長いペナントレースを過ごしたのだから休みを与えて、来年のためにリフレッシュしてって思われるかもしれませんが、大事なのっていうのは僕は秋だという風に捉えています。ですので、そういう点においては、聞き方によっては厳しいというふうに捉えるかもしれないんですけど、大事なのは選手に1年でも長くプレーをさせるために自分たちが何ができるかです。僕はそれ以上のことを選手に望んでいるわけではないです。チームで一緒にやらなきゃいけないことは当然あるという風にも言いますけど、なぜ私が一人一人と向き合いたいかというと、みんな能力もあるし、みんな1軍でやれるだけの練習をすれば、自分の今ある能力よりも高くすることは僕はできると思っています。ただ、僕らが強制してはその能力は伸びないと思っていますので、そこをどうコミュニケーションを取り、未来を見せ、そして彼らが「お、やればできるな」という思いになってもらうかが何よりも大事なことだという風に思っていますので、そうできるように。それで僕らが知らないことは自分たちで学ぶということです。全て僕らが知っているわけでもないですし、選手の方が知っているという場合もあります。であれば知らないことは自分たちが学び、そしてそれを一緒にコミュニケーションを取って、より良いものにしていこうねということは、非常にチームにとっては大切なことではないかと思っていますので、それが一日でも早くかなうように、そして望んだ選手になれるように、一緒に協力していけたらベストだなという風に思っています。

-子どもの頃に憧れていた野球選手、またこれまでの中日で特に印象に残っている選手はいるか

すみません。たぶん私のことをよく知らないと思うんですけど、私は子どもの頃、野球が嫌いでした。だから憧れの選手はいないんですよ。すみませんね。プロに入って自分に何が足りないかっていう時に参考にしたのが、例えば僕より先輩ですけど、江夏さんであったり、プロに入った時の東尾さんであったり、そうやって実績を残される方は何が違うんだろうっていうことも、自分の中でいろいろ考えながら教えを請うたこともあります。昔は教えてくれませんでした。「見て学べ」と言われるのが関の山でした。なので、ああいう先輩たちから一言でも、年に1個、2個教えてもらったこともないんです。でも一緒にいたら何か教えてくれるんじゃないかと思って、夜の遊びも覚えました。はい(笑い)。全てが野球に限って言うわけではないんですけど、でもプロである、プロフェッショナルっていうのは何なのかというところだと思います。僕は西武ライオンズっていうところに入って、プロとは何かの前に、社会人になりなさいと教わりました。そこからプロの自覚っていうものを学ばなくてはいけない時に、多くの先輩たちから教えを請うて、今の自分がいるという風に思っています。ですので、そういうところも踏まえると、僕っていう人間は、本当に子どもたちからすると、見本にはならないかもしれないんですけど、でもそれでも野球を続けてここまで来られる人も、中にはいるんだという風に思っていただければ。これから夢を持ってプロ野球選手になろうという子どもたちもいるわけですから、僕が嫌いだったと言ったら「あなたは嫌いでも野球選手になれる」とかじゃなくて、やっぱり大事なのは好きになることです。好きになって夢中になることです。それが僕は今の子どもたちには大事だという風に思いますし、昔とは環境が違うので。『巨人の星』みたいな環境で育った方いないですよね、この中に、いますか? 星一徹と星飛雄馬の関係みたいな、ことで育った人、いないですよね? 僕ぐらいでしょ? まあ星飛雄馬ね、それでも良かったんですけど、僕がなぜプロ野球選手になれたかって言ったら、僕は人との縁に恵まれたからです。僕を野球界に戻してくれたりとか、野球をやめてもまた野球界に戻してくれる、そういう人たちがいたから僕は今ここにいるというふうに思うので、そういう意味ではこれからも、こうやってこのドラゴンズの選手たちと話をする時に、これは縁だという風に思って、しっかり愛情を込めてね。厳しいかもしれないですけど、厳しいこともあります。でもしっかり自分の愛情は選手に伝わるようにしていけたらなと思っています。

情報提供元: 日刊スポーツ
記事名:「 【中日】工藤公康新監督「子どもの頃野球嫌いでした」「愛情が選手に伝わるよう」/一問一答4 」