米挑戦の横浜・織田翔希「すごく悩んだ」「世界一でやりたい、世界一になりたい」会見一問一答1
横浜(神奈川)の最速157キロ右腕、織田翔希投手(3年)が15日、横浜市内の同校で進路に関する会見を開き、大学進学を含む米国挑戦を表明した。国内でプロ入りならドラフト1位確実だった剛腕がNPBを経由せずに海を渡る。
会見での一問一答は以下の通り。
-今回の決断に至るまで最後まで悩んだこと
そうですね。一番は侍ジャパン、U18の経験をさせていただいて、初めて自分も日の丸を背負って国を越えて戦わせていただいたんですけども、やっぱりその際にこう日本にはないような、ここでやる選手はすごくトップの選手が集まっていて、その中で試合をさせていただいて、投げた試合もそうですけど、ベンチから見ててもやっぱりこう、こういった舞台でさらに上を目指してプレーしたいなというふうな刺激を他の選手からも、その環境からももらいまして、ここまで悩んできました。
-決断に至った背景や条件
今話したことを大前提として、やっぱり小さい頃はNPBさんにもすごく夢を持ってましたし、ほんとにNPBを通った方がメリットの方が多いことがあるかもしれませんが、世界一でプレーしたいという、ほんとにこの思いが一番背中を押してくれたと言いますか。先ほど監督さんもおっしゃってましたが、たくさん悩んで、たくさんの方々とほんとにお話しさせていただいて、すごく悩みましたけど、やっぱり一番は自分の気持ちを、世界一でやりたい、世界一になりたいという思いがあったので決めました。
-家族との相談はあったと思うが、どんなことを中心に話し合った
中心というよりかは、もうほんとにお母さんは二人三脚のように、もう常にそばに、そして、常に連絡も取り合ってくれてたので、お母さんは常に寄り添ってくれてたので、まあ中心っていうよりかは、ほんとに全部を話して、それを踏まえた上で決めました。
-基本的には背中を押してくれた形
そうですね。もう自分のやりたい道に進んでほしいと快く言ってくれました。