【写真】祝勝会で笑顔を見せる阪神藤川球児監督(下段左から2人目)とコーチ陣(撮影・前田充)

涙の連覇だ。阪神が2年連続8度目のセ・リーグ優勝を決めた。広島とのデーゲームには敗れたが、2位巨人がナイターでDeNAに敗戦。2リーグ制後で球団史上初となる連覇が決まった。史上最速優勝を成し遂げた昨季とは異なり、最終盤までもつれたペナントレース。就任2年目で再び頂点へ導いた藤川球児監督(46)は、これまでの道のりを振り返り涙を流した。王者として迎えるCSファイナルステージは、14日に甲子園球場で開幕。次は23年以来、3度目の日本一に挑戦する。

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藤川監督の目は、みるみるうちに赤くなった。球団初の連覇。待機していた宿舎で大変なことも多かったかと問われると、ここまでの戦いが脳裏によみがえってきた。

「苦しかった…。良かったです…」

あふれる涙を止められなかった。広島戦を終えた約4時間後、2位巨人が敗れて頂点に立った。10月までもつれた、苦しいペナントレースを象徴するかのようなラストだった。

2リーグ制後は阪神で誰も成し得なかった偉業。たどり着くため、日本一の指揮官にヒントを求めた。6月上旬、ソフトバンクとの交流戦。メンバー表交換に向かう藤川監督は、異例の行動に出た。このわずかな時間を逃すまい、と。「選手がボーンヘッドをする時には、どうしたらいいですか?」。小久保監督に、どうしても聞きたかった。常勝軍団には1つのスキも見当たらない。突然の問いかけに、9歳上の先輩はすぐに答えをくれた。「ルールを決めること」。強い集団に必要なもの。パ・リーグ3連覇を果たした名将の端的な言葉が、ぴたりとはまる気がした。

昨季は就任1年目で史上最速のリーグ優勝。しかし、最後に痛感したのは己の未熟さだった。「日本一まで導くことができなかった。まだ1年目の監督です。若かった」。日本シリーズでソフトバンクに敗れ、声を絞り出した最後のミーティング。もっと強い組織を作ると、心に決めた。

6月6日の楽天戦。森下が審判への暴言で退場処分となった。「自分の起こす行動でチームにも影響を与えるということを、みんなもう1回理解しておいてほしい」。ナインへ伝える坂本の姿を見て、2軍の選手たちにも伝えてほしいと、すぐにお願いした。“共通のルール”は、強い組織には不可欠。翌日の2軍SGLには、指揮官の思いをくんだ主将と選手会長・村上の姿があった。

強さを求めた道のりは、順風満帆ではなかった。リリーフの石井が春季キャンプ中に左アキレス腱(けん)断裂で長期離脱。2年目の工藤や木下を序盤から3連投させるなど、ブルペンの屋台骨に育てた。4月には近本が左手首骨折で離脱。固定オーダーにとらわれず、新戦力の元山らを柔軟に起用。今では欠かせぬ存在となった。

大事な9月中旬には7連敗。黒星の連鎖を抜け出そうと、試合直後にコーチミーティングを行った。2時間以上ほぼ1人で話し続け、終わった頃には午前0時を過ぎていた。「やらなきゃいけないことに、没頭しているんでしょうね。みんなのために、どうしても勝たないと」。すべては、常に勝ち続ける阪神を作るため。だから妥協はしなかった。

藤川監督の自宅の片隅には、まっさらなブーツや靴が山積みになっている。「山登りしたいねって言ってハイキングブーツ買って。アメリカでモール行く用のブーツとかを買って」。昨オフ、わずかなリフレッシュ期間を楽しもうと考えたが、まだはけていない。「そんな時間なかったんだと思う。忙しいってことだね、多分」。そう、さらりと笑って受け流す。いま夢中なのは何よりも、指揮官という仕事。次は悲願の日本一へ、もう歩き出している。【磯綾乃】

○…広島市内の宿舎で、歓喜のビールかけが行われた。まずは藤川監督が「史上初の(セ・リーグ)連覇の監督にしていただいてありがとう」とあいさつ。選手会長の村上が乾杯の音頭を取った。クリーンアップトリオが笑顔でビールを掛け合う場面も。主将の坂本が「本来なら平田さん(2軍監督)がしゃべるんだけど、いらっしゃらないんで。戦いはまだ続きます」と中締めのあいさつを行い、3500本のビールが、約25分で泡になった。

情報提供元: 日刊スポーツ
記事名:「 【阪神】藤川監督「苦しかった…。良かったです…」涙のV “共通のルール”で球団史上初の連覇 」