【写真】日本ハム栗山英樹CBO(2026年7月撮影)

ドラマ「北の国から」などで知られる脚本家の倉本聰(くらもと・そう、本名山谷馨=やまや・かおる)さんが18日、多臓器不全のため死去した。91歳。倉本財団が28日、公式サイトで発表した。

親交があった日本ハムの栗山英樹CBOがコメントを寄せた。

全文は以下の通り。

人生の大きな分岐点になった栗の樹ファームを造るという決断の原点が、倉本さんのドラマ「北の国から」でした。北海道に拠点を置く大きな要因になりました。

スポーツキャスターから転身してファイターズの監督に就任した1年目の2012年。パ・リーグ制覇したそのオフ、倉本さんにこう尋ねられたことが胸に強く残っています。

「20年以上もメディアにいたあなたが、なぜ勝てたのですか?」

メディアと野球の現場は対極にあるにも関わらず、成果を残したことに強い興味を持っていました。その問いで、私はそれぞれの立場に「正義」があることを悟りました。人として生きていくための摂理を教えてもらいました。

最大11・5ゲーム差から逆転優勝した2016年。「どんどん使って」と、快く了承してもらい「北の国から2016伝説」と命名させていただきました。なかなか勝てないままで10年間のファイターズでの監督生活を終えた時には「北海道のためにありがとう」と労っていただき、報われたことも思い出します。そのオフに栗の苗木を100本プレゼントしてもらい、栗の樹ファームで一緒に植樹もしました。今、その栗の木は実をつけ始めています。

自然から学び、人としてどう生きるべきか。

富良野で一緒にお酒も飲み、含蓄に富んだお話を聞かせていただきました。倉本さんの生き様や感性、授けてもらった数々の言葉や思想。私の人生の道標でした。ありがとうございました。

情報提供元: 日刊スポーツ
記事名:「 【日本ハム】栗山英樹氏が倉本聰さんに感謝「私の人生の道標」監督退任時かけられた言葉は/全文 」