【写真】引退会見に臨む矢後(撮影・小沢裕)

<大相撲秋場所>◇14日目◇26日◇東京・両国国技館

元幕内で西三段目22枚目、矢後(32=押尾川)が、両国国技館の記者クラブで引退会見を行った。

9年以上にわたる現役生活を振り返り「関取も経験できた。もともとアマチュア時代に痛めた膝もあって、どこまで通用するか分かりませんでしたが、やれるだけやってみようという気持ちもあって、最後までやりきれたと思います」と話した。

引退のきっかけは、ひざのケガ。「右ひざが一番。中学の時に痛めたひざのケガの影響が大きかったと覆います。手術を受けても元通りにはならなかった」と打ち明けた。

思い出の一番は、新入幕となった2019年初場所13日目の阿武咲戦。「左四つではなかったのですが、勝ててとにかくうれしかった。勝ち越してホッとしたのと、初めて幕内で勝ち越してうれしかった。(前日まで)連敗していたので、思い出に残っています」。

北海道出身の矢後は15歳で地元を離れて、埼玉栄高、中央大学をへて尾車部屋に入門。新十両会見の際、当時師匠だった尾車親方(元大関琴風)はしこ名について「まだこの世界に入って2場所。まだヤゴじゃないか。トンボになって羽ばたいたら改名しよう。(出身の)北海道の人に『矢後』の名を広めれば親孝行にもなる。慌ててトンボになる必要もない。羽根を温めて、羽ばたいたら改名すればいい」と話していた。矢後は「あまり見ない名字ですし、私もこのままでいきたいと思っていたので、これで良かったと思います」と、本名を貫いた理由を明かした。

今後は都内で働きながら、母校中央大学の相撲部コーチを務める予定。「精いっぱい頑張ります」と話していた。【佐々木一郎】

情報提供元: 日刊スポーツ
記事名:「 元幕内の矢後が引退会見 本名を貫き「これで良かったと思います」 」