【川崎F】小林悠、引退を考えていた時に分岐点となった試合「妻にラインをして…」
川崎フロンターレFW小林悠(39)が23日、川崎市内のクラブハウスで会見を開き、今季限りで現役を引退すると発表した。
引退の理由に「自分自身のことを自分が信じ切れなくなってしまったというのが1番の理由。気持ちでプレーしている部分が多かったので、それができないのなら選手を退くべきだなと思い、決断しました」と明かした。
FWとしての矜持(きょうじ)もあった。「プロである程度、FWとして活躍するようになってからシーズンを通して1点も取れなかったらFWとしてやめるべきだったと思った」。分岐点となった試合は25年7月20日のG大阪戦(パナスタ)戦だった。
「年齢がかなりいっていたので、引退がよぎっている時期でもあって、妻にラインをしていて『今日決められなかったら、サッカーをやめるかもしれない』という話をした」
先発出場して同シーズン唯一となるゴールを決めて踏みとどまった。しかし26年の百年構想リーグは無得点に終わった。
「ゴールを決められなかったですし、引退しようかなと思っていて、最後ケガをしてしまってピッチに立てなかった。強化部のタケさん(竹内強化本部長)とか吉田社長と話して『最後応援してくれたサポーターのためにピッチに立つべきじゃないか』と言っていただいて、でも自分の中でもう1年間体と心と向き合った時に頑張れないなという自分がいたので、特別な形、12月で引退ということになりました」
10年に加入してからは川崎F一筋。18年の現役生活に別れを告げる決断をした。Jリーグ得点王1回、最優秀選手(MVP)1回など、J1通算405試合で、歴代7位の144得点を記録した。
誰からも愛されたストライカーがスパイクを脱ぐ。「ポンコツ」と称され、人当たりが良く、チームメート、ファン、サポーター、メディアなど多方面と良い関係を築き、キャリアを積み重ねた。中でも2017年の輝きはクラブ史に残るものだ。中村憲剛(現ヘッドコーチ)から主将を受け継ぐと、23得点を挙げてチームを引っ張り、悲願の初優勝をもたらした。得点王とシーズンMVPをダブル受賞。川崎Fの黄金期を中心メンバーとしてけん引した。
他クラブからの獲得オファーもありながら、ワンクラブマンであり続けた。大久保嘉人やレアンドロ・ダミアンといった強力なライバルたちと切磋琢磨(せっさたくま)し、リーグを代表するFWに成長した。
年を重ねてからは途中出場の機会も増えた。それでも決定力の高さは変わらなかった。途中出場で歴代最多の29得点。昨年4月に「J1リーグにおける途中出場選手の最多得点数」としてギネス世界記録にも認定された。
14年には日本代表に初選出された。通算14試合に出場するなど、国を背負ってもプレー。一時代を築いた点取り屋だった。
昨季は13試合の出場にとどまり、特別大会「百年構想リーグ」では2試合のみ。今季はここまで出番が無かった。それでも川崎Fのエースとしてここまでクラブに残した功績は計り知れない。39歳の誕生日を迎えた日に、自らの口で引退を伝えた。
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