与田剛氏(2025年撮影)

巨人、レッドソックスなどで活躍した上原浩治氏(50=日刊スポーツ評論家)が16日までに公式YouTubeチャンネル「上原浩治の雑談魂」を更新し、元中日監督の与田剛氏(59)とのコラボ動画をアップした。司会進行はPL学園(大阪)出身で立大野球部OBの上重聡アナウンサー(45)が務めた。

2人はNPBの現役時代がかぶっている99年~00年こそ接点はなかったが、与田氏は「解説者の立場で取材をさせてもらったりとか、上原くんの活躍をテレビで応援していました」と10歳年下である上原氏との関係性を説明した。

動画内では、当時から大学野球界で厳しいと評判だった与田氏の母校亜大に入ったきっかけや、衝撃エピソードが明かされた。

PL学園では3年生の部員1人に対して下級生が1人つき、身の回りの世話などをこなす「付き人制度」というものがあったと上重氏が説明。亜大でも似たような制度があり3、4年生の世話は下級生がすべてこなしていたという。

朝5時30分から午後7時まで、約12時間の練習に加えて上級生の世話や掃除などの業務に追われていた亜大時代を振り返り、与田氏は「1年生のときは睡眠時間4時間くらいしかなかった」と明かした。午後7時に練習が終わると、部屋掃除、食事の支度、買い出しを下級生がすべてこなした。「食事もままならず、お風呂に入る間もなく、すべての片付けをして、買い出しをして、門限夜8時までに帰ってきて」と動きっぱなしのスケジュールを紹介。なおも部屋の中では飲食が禁じられていたといい、上原氏は「よう…生きてたなあ…」、上重氏は「途中から刑務所の話になってるかと」と突っ込んで笑いを誘った。

買い出しに使う店も寮から離れていたため「みんなダッシュで行ってました」と門限までに買い出し任務を終えなければならないプレッシャーとの戦いを回顧した。

上原氏は上級生の世話制度について「誰につくかで全然違うんですか?」と質問すると、与田氏は「その通りですね。僕は恵まれたんです。非常に優しい先輩だったので、最低限のことだけやればそんなに怖くない先輩でした」と話した。

練習メニューはウオーミングアップから1・5キロのタイムトライアル×10本をこなし、さらに与田氏が「懐かしいなあ」と笑顔で思い出す「やりがい」という自衛隊のようなメニューが存在した。うさぎ跳び、空気椅子など体幹を鍛えるものに加えて、照明のない真っ暗な道をひたすら走る名物の早朝ランニングを紹介。与田氏は「朝5時30分出走」と説明すると、上原氏と上重氏は「出走」の言い回しに驚きを隠せず笑顔。与田氏は「これは1年から4年まで全員走るんですよ。冬場に走るので、土に霜が降りたりしてボコボコになってたりする。大体1日1人くらい捻挫するんですよ」と振り返った。さらに1年生は防寒対策の手袋と耳当ては禁止という独特のルールも存在。極限状態まで追い詰められるが「あんな冬なのに湯気が出るくらいまで1時間以上走る。それをもうひと冬やってましたね」と当時の過酷エピソードを懐かしそうに振り返った。

情報提供元: 日刊スポーツ
記事名:「 元中日監督与田剛氏が明かす亜大伝統極寒ランニング「朝5時半出走」に上原浩治氏&上重アナ驚愕