帰国し弔問に訪れた松井氏は長嶋さんとの思い出を話す(撮影・菅敏)

<長嶋さんと松井氏のアラカルト>

元巨人でヤンキースGM付特別アドバイザーの松井秀喜氏(50)が4日、肺炎のため前日3日に89歳で死去した巨人終身名誉監督の長嶋茂雄さんと2人だけの対面を果たした。逝去の一報を聞き、米ニューヨークから緊急帰国。空港から都内の長嶋さん宅へ直行し、ご遺体のそばで生前のように心を通わせた。師弟物語は92年ドラフトから始まった。まだ、続きはある。愛弟子は「生前、約束したこともあります」とミスターの背中を追う覚悟を示した。

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<長嶋さんと松井氏のアラカルト>

◆始まり 星稜(石川)3年だった92年ドラフトで4球団が1位指名で競合。93年から巨人監督となる長嶋氏が抽せんで引き当てた。直後に送った色紙には「松井君、君は巨人の星だ。ともに汗を流し王国をつくろう」。幼少時代からファンだった阪神の指名を希望していた松井氏は、この言葉で巨人入団を決意した。

◆松井畳 入団してから4番育成1000日計画として、松井氏が旧ジャイアンツ寮で生活を送った93~96年半ばまで、部屋でマンツーマン指導で素振りを繰り返した。擦り切れた畳は「松井畳」として伝説に。

◆同時受賞 13年5月5日に2人一緒に国民栄誉賞を受賞。東京ドームで松井氏の引退セレモニー、国民栄誉賞の授与式、試合の始球式が行われた。松井氏が投げ、長嶋さんがバッターボックスに立った。

◆開会式 コロナ禍で開催が1年延期された21年夏の東京五輪では両氏に王貞治氏を加えた3人で開会式の聖火ランナーを務めた。1人では歩行しづらい長嶋さんを松井氏が体で支え、数十メートルをリレーした。

情報提供元: 日刊スポーツ
記事名:「 長嶋茂雄さん「君は巨人の星だ」愛弟子・松井秀喜氏との始まりは92年ドラフト1位指名から