【里崎VS還暦記者】聞き出すのに6年もかかった「スランプ脱出法」…焼き鳥のうま味に乗じて
キャンプインして、里崎智也さん(日刊スポーツ評論家)と宮崎から沖縄の各キャンプ地を回る季節が始まった。今年で里崎さんと巡るのは6年目。旺盛な好奇心と、球界トップの情報量と分析力を備えた里崎さんに、担当している還暦記者はついていくのが精いっぱいの日々だ。
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里崎さんと私は焼き鳥屋のカウンターに座っていた。目の前では大将が大ぶりな「つくね」を、真剣なまなざしで焼いている。紀州備長炭で焼き上がったその瞬間を逃さず、さらに盛ってくれた。2人はそれを、無言でかみしめる。
もぐもぐしている里崎さんに、こちらも特に何の計算もなく、日ごろ感じていた疑問が、ふっと口をついた。「現役時代、スランプの時、どんな練習してたんですか?」。
これまでに何十回、何百回と聞かれてきたのだろう。つくねのうま味に浸っていた幸せな顔が、一瞬曇り、ぶっきらぼうな言葉が返ってきた。「練習しません」。
記者 しないんですか?
里崎さん しませんよ。だって、スランプになっている時は、どこかが悪くなってるんですよ。そのどこが悪いか分からないにバット振っても、どんどん悪くなるだけですから。練習しません。
記者 練習しないで、やがて打てるまで、何もしないで待ってるだけってことですか?
里崎さん そんなわけないでしょ! 調子悪い時は、家に帰って、ビデオを見るんです。よくあるでしょ、自分のいい時のバッティングばかりを集めた映像が。それをずっと見てるんです。何日も。
記者 はい。
里崎さん そうすると、だんだんいい打ち方してんな、とか、いいフォームしてるなって、自分のフォーム見て、いい時のイメージが具体的に見えてくるんです。そのうちに、ああ、あそこが違うのか、あそこをちょっと試してみようか、ちょっとやってみたいな、って練習したくなるんですよ。
記者 はい。
里崎さん それで、翌日バット振ってみる。すると、予想通りに回復への道が開ける時もあれば、あれ? 全然違う、ここじゃなかったのか、となる時もある。でも、ここじゃないって箇所が分かることも大きな収穫です。そこを消去できるんですから、じゃあ次のチェックポイントは? って、どんどん試していける。そうやって、今のコンディションに合わせて打てる確率が高いフォームに近づいていき、そのうち納得のバッティングができれば、あとは、また試合で打ちまくるだけです。
評論家担当として、この話を聞き出すのに6年もかかるのはどうなんだ? というそもそもの疑問は脇に置いといて、私は深く納得した。
こういう話こそ、中学生や高校生、大学生などのアマチュアの選手、それにプロでまさにもがいている最中の選手に伝えたいことだと、痛感した。つくねのうま味にも勝るほど、里崎さんの話は、伝え手である私の胸に広がった。
と、言うのも冗舌な里崎さんは、実はそれほど野球の話が好きではない。キャンプを一緒に回れば、いろんな話が聞ける。ならば、野球の話をじっくりと…とは、ならない。
担当6年目の春を迎え、里崎さんの傾向は多少わかっている。野球の話題をこちらが情熱的に振れば振るほど、リアクションは素っ気なく薄くなる。言い方は悪くなるが、歯に衣(きぬ)着せぬ里崎さんは「別に野球見るのは好きじゃないですよ。仕事だから見てるんです」が、常套句だ。
いやいや、と言いながら本当は野球を語らせれば熱くなるはず、と思ってここまで無為に時が過ぎた。終始一貫して、必要最小限、それも独自ポイントで解説はしてくれるが、根源的な話はなかなか聞けない。あれだけYouTube「里崎チャンネル」では冗舌なのに?と思うが、あれも仕事だからこその異能ということのようだ。
つまり、何かの拍子に、うまく歯車がかみ合った時。それが最大のチャンスということだ。ゆえに、キャンプ取材ではそのモードになる時をひたすらうかがう、その時を待つ。それが午前中のレンタカーで移動中の車内かもしれないし、今回のように焼き鳥のうま味の先にあるかもしれない。
里崎さんが積極的に話そうとしないことを、どさくさに紛れ、たまたま聞けてしまう。こんなやり口は、とてもじゃないが話を引き出す手法とは言えないが、大切なのは核心部分を聞けるか、否かだ。
もちろん、開きかけた練習法への扉だ、もっと聞きたくなる衝動は抑えられない。
では、どうしてそんなスランプ時の練習法にたどり着いたのか? 再び焼き鳥「しんぞう」をもぐもぐしている里崎さんに、間髪入れずに聞いてみた。【井上真】(続く)