日本対スペイン ピッチ上の選手たちに拍手を送る大岩監督(ロイター)

<五輪日和>

大岩剛監督の涙。試合に敗れた悔しさだけではなかっただろう。

サッカー男子の日本が準々決勝でスペインに0-3と屈した。金メダルを目指した戦いを志半ばで終わった。

試合直後のインタビューだった。ここまでの戦いぶり、日本の存在感を示せたのでは? という問いに堪えていた感情が決壊した。言葉に詰まり、熱い涙が流れた。そこには、さまざまな思いが胸に去来したのだろう。

オーバーエージ(OA)枠を使わず、23歳以下のメンバーだけで戦った。参加16チーム中、唯一だった。過去にOA枠を使わなかった96年アトランタ、08年北京は1次リーグで敗退。しかし今回は3戦全勝、しかも無失点で勝ち上がった。

誰かに頼ったチームでなく、チームが成熟したグループとして戦う。OAがいないと勝てない-。そんな固定観念を打ち破った。

2年間の活動で招集した数は86人にものぼる。今回は18人の正規メンバーに加え、バックアップメンバー4人も含めた22人ルールへと大会直前に変更された。22人中、試合ごとに18人を選べるというもの。すると、そのバックアップメンバーを日本から呼び寄せ、大岩監督は「正規」も「バックアップ」も分け隔てなく起用した。

半田陸の負傷離脱により緊急招集した内野貴史も含め、4試合で先発したのは19人。GKを除き、フィールドプレーヤーには全員、出場の機会(植中朝日は先発はないが途中出場で2試合)を得ている。

OA枠を使わず、加えて呼んだ選手にはチャンスを与えるというスタンス。発展途上にあった時代とは異なり、選手層が格段に上がったという背景がある。誰を起用してもクオリティーが下がらない。日本サッカー界の強化システムの成功を示すものだろう。

そしてもう一つ。大岩監督の人としての要素も見逃せない。

チームの一体感を高める上で「全員で戦う」というのは原則だが、それをプレーの場を与えることで実践。最高のモチベーションとなっていた。そこから浮き上がってくるのは「気配りの人」だ。パリ五輪を前に、Jリーグの野々村芳和チェアマンに聞いた言葉だった。

同じ清水出身、小学生時代は清水FCでチームメート。家も近く帰り道は一緒だった。その当時をこう振り返った。

「Jリーガーになるっていろんな地方で大体みんな1番できたりする。でもどこかにもっとすごいヤツがいて、そこで挫折するとか学んで、また別のポジションを取る。清水にはすごいのがいっぱいいた。だから剛くんはもう小学校から多分、そうなんだと思う。トップレベルではあるけど、でも一番ではない」

サイドバックとして成功した選手である。いつもチーム全体を見て、自分の役割を考えてきた。加えて、場を和ませるような人柄だったという。そんなバックボーンが経験則と相まり、チームづくりに生きた。

今回のパリ五輪代表チームは、主将の藤田譲瑠チマ、エースの細谷真大、守護神となった小久保玲央ブライアンらを筆頭に、さまざまな個性が集う素晴らしいチームだった。それもすべては組織人・大岩剛という“黒子”がいたからこそだと思う。

風通しのいいチーム。ゴールパフォーマンスの1つを取っても、チームが持つ明るく、楽しい雰囲気が伝わってきた。ピッチにOAという“先生”がおらず、気心知れた同世代ゆえの信頼感が前面に出ていた。

最後は不運な判定もあってスペインに0-3と敗れた。結果だけ見れば完敗かもしれない。しかしチームが披露した連動性に富んだピッチの躍動感。果敢に攻めた試合内容も含め、どれも爽やかな風のように感じられた。もっと見てみたかった。そんな心地よさに駆られた。

大岩監督の涙。それは自らが思い描いていた「最高のグループ」との惜別の涙ではなかったか。そう感じている。【佐藤隆志】

情報提供元: 日刊スポーツ
記事名:「 【五輪日和】サッカー男子日本代表が残した爽やかな風 個性輝くグループを演出した黒子の指揮官