インベスコ・アセットマネジメントのグローバル・マーケット・ストラテジストである木下智夫が「米中合意後の注目点」について解説します。

FRBの動向

Q:「アメリカと中国とのディール」に大きな動きがあったようですが、引き続き追加関税に関わるニュースと今後のアメリカ株の見通しについて解説していただけますか。

はい。5月12日、アメリカと中国の間で追加関税の引き下げに関する暫定合意が成立しました。これを受け、金融市場はひとつの転換点を迎えたと考えられます。これまでアメリカが中国に課していた追加関税は145%でしたが、今回の合意により30%まで引き下げられることになりました。

なお、90日後には、両国が互いに課す追加関税率が再び引き上げられる可能性がありますが、今後の協議によって合意が成立すれば、その引き上げは回避される見通しです。

今回の合意が転換点とみなされる理由は、アメリカ経済が景気後退に陥るリスクが大きく低下すると見込まれるためです。これまで金融市場では、アメリカ経済の景気後退リスクが強く意識され、株価の重荷となっていました。しかし、中国との間で追加関税率が下がったことで、インフレ率の上昇も抑制され、景気後退リスクが和らいだと受け止められています。

さらに、トランプ政権は4月9日に相互関税措置の90日延期を決定していましたが、今回の暫定合意により、今後アメリカが多くの国・地域との通商交渉においても柔軟な姿勢を示すとの見方が広がっています。こうした通商協議への楽観的な見方も、金融市場の安定を後押ししている状況です。

Q:世界1位、2位の経済大国であるアメリカと中国の追加関税引き下げの暫定合意は、世界経済にとってかなり大きなニュースだったのですね。ちなみに、もし追加関税の合意がうまくいく場合とうまくいかない場合で、アメリカ経済への影響はどのくらい変わってくるものなのでしょうか。

まず、追加関税の総額について3つのケースで試算した図がこちらになります。

ケース1は、追加関税措置がすべて適用された場合です。このケースでは、アメリカが課す追加関税の総額はGDP比で4.0%、金額にすると年間で約1.2兆ドルに達します。

ケース2は、アメリカが中国以外の主要国とのディールには成功し、10%を超える相互関税は回避されるものの、自動車や半導体などの分野別関税率が25%、中国からの輸入品には145%の追加関税が維持されるケースです。この場合、アメリカが課す追加関税額は年間9,810億ドルで、GDPの3.4%に相当します。このケースでは、輸出国側の企業が関税負担の一部を引き受けたとしても、アメリカ国内にはかなりのインフレ圧力が発生することになります。実際、今回の米中合意前の市場では、このケース2の可能性がもっとも意識されていたと考えられます。

しかし、今回の米中合意の成立により、中心シナリオはケース3に移行したと見られます。中国向けの追加関税率が145%から30%に引き下げられたことで、アメリカが徴収する追加関税総額は6,698億ドルに減少し、GDP比でも**2.3%**に低下します。

さらに、輸出国側も関税分の一部を負担すると想定されるため、追加関税によるインフレ押し上げ効果も大幅に和らぐことになります。その結果、アメリカが今後景気後退に陥るリスクも低下したと見てよいでしょう。

Q:追加関税の額を比較すると、今回の米中合意がいかにインパクトの大きな出来事だったのかがよくわかりました。この合意によって、株価にはどのような影響があったのでしょうか。

米中暫定合意は週の初めに成立しましたが、その週の週末までに、アメリカ株式市場ではS&P500種指数が5.3%上昇しました。これにより、S&P500の年初来騰落率も再びプラス圏を回復する展開となりました。

業種別の動きを見ると、米中合意を受けて景気後退への懸念が大きく和らいだことから、特に一般消費財・サービス分野、エネルギー分野、資本財・サービス分野の株価が相対的に大きく上昇しました。また、これまで出遅れていたテクノロジー関連株も反発し、株価のリバウンドが見られました。

さらに、米中間の緊張緩和はアメリカ以外のグローバル株式市場にも好影響を与え、世界的に株式市場のセンチメント改善につながったと言えます。

Q:株式市場の好調さは、今後も続くと考えてよいのでしょうか。

株式市場では、下値不安が和らいだことを受け、短期的にはリスクオンの展開になる可能性が高いと見込まれます。ただし、今後も米中合意後のようなペースで株価が上昇を続ける可能性は高くないと考えられます。その理由は、大きく2点あります。

まず1つ目は、今後発表される4月分以降の経済指標で、アメリカ景気の減速を示すデータが増えると見られる点です。2つ目は、トランプ政権が医薬品、半導体、その他エレクトロニクス製品を対象とする分野別追加関税率の公表を予定している点です。これにより、再び通商問題への懸念が浮上し、市場の重しとなる場面も想定されます。

さらに、「マグニフィセント7」を除く大型株の多くが、すでに2月19日に記録した史上最高値に近い水準まで上昇しており、底値からのリバウンドによる上昇余地も限定的になってきています。このことも、株価上昇の勢いを維持しにくくする要因と言えるでしょう。

アメリカ経済は景気後退こそ回避できる見通しとなりましたが、景気の減速自体は避けられない状況です。その中で、テクノロジー銘柄以外の株価はすでに割安感が薄れており、これまでのような上昇ペースを維持するのは難しいと考えられます。

とはいえ、今後グローバル株式市場では、右上に挙げた3つのサポート材料が顕在化する見通しです。その結果、株価の大幅な下落は回避され、今年後半には株式市場の前向きな動きが強まる可能性が高いと見込まれます。

Q:具体的には、どのような前向きな動きが見込まれますか。

今後、株式市場を支える前向きな要素として、先に述べたように3つのサポート材料が挙げられます。

まず1つ目は、アメリカが主要な貿易相手国との間で通商ディールを締結する動きです。これにより、これまで意識されていたインフレ率の大幅な上振れリスクが後退し、金融市場の安心感につながります。さらに、締結されたディールによるアメリカの輸出増加や、アメリカ向け直接投資の増加による経済効果も、年末にかけて徐々に強まると見られます。こうした要因が、アメリカ株式市場の下支えとなるでしょう。

2つ目は、FRB(米連邦準備理事会)による利下げの可能性です。私はこれまで、6月または7月の利下げ再開を予想してきましたが、米中合意などの通商交渉の進展状況や、足元でFRB高官が利下げに慎重な発言を続けている点を踏まえ、見通しを修正します。今年後半に2回の利下げが実施される可能性が高いと考えています。この利下げは、景気下支えと株価のサポート材料として期待されます。

3つ目は、アメリカの減税や欧州での防衛・インフラ支出の増加といった積極的な財政政策の発動が視野に入ってきた点です。トランプ関税やディールによって、貿易相手国の景気にマイナスの影響が及ぶことがほぼ確実になりつつあります。これを受けて、欧州のみならず、日本や中国、その他新興国でも財政政策を出動させる動きが強まると見込まれます。

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記事名:「 米中合意後の注目点【ニュースから投資を学ぶ! 木下智夫の世界経済のミカタ】