ポイント



・遺伝子の働きを抑制するクロマチン構造を維持することで転写因子の結合を抑えるTup1転写抑制因子はストレスに対して非特異的な転写を抑制する。



・遺伝子の働きを活性化させる転写因子群がゲノムDNAに形成される局所的ループ構造を介して近接することで相互に安定化させ、転写活性化に寄与する。



・Tup1転写抑制因子によるクロマチンを介した転写因子の結合阻害と、局所的ゲノムループ構造を介した転写因子群の相互安定化の2つの機構のバランスがストレス特異的応答に関わることを世界で初めて解明。



概要



生き物は環境変動などの外部ストレスに適応する中で適応進化を遂げてきました。細胞レベルでは、外部からの刺激やストレスを適切にシグナル伝達し、刺激やストレスに応答するために必要な遺伝子の働きを活性化させることで、このような外部環境の変化に対応しています。遺伝子の働きを活性化させる際には、転写因子と呼ばれるタンパク質群が遺伝子の上流部分に結合して、遺伝子のDNA配列を写しとってタンパク質の設計図をコピーする、「転写」と呼ばれる作業を活性化させています。転写因子は細胞に1000種類以上存在し、それらの多くは6〜12塩基程度の短いDNA配列を認識して遺伝子の上流部分に結合します。一方、無数に存在する外部のストレスや刺激の種類を、細胞がどのように識別し、特定の転写因子の適切なDNAヘの結合につなげているのかは、このDNA配列認識による仕組みだけでは説明できず、不明のままとなっていました。今回、東京都立大学大学院理学研究科化学専攻の廣田耕志教授らの研究グループは、分裂酵母のfbp1遺伝子と呼ばれるグルコース飢餓ストレスに特異的に応答する遺伝子をモデルに研究を行い、細胞が外部ストレスの種類をどのように見極め、適切な遺伝子応答に繋げているのか、その分子機構を発見しました。



研究の背景



細胞では、外部環境からの刺激やストレスは、細胞膜上の受容体などの外部との接続装置を介して細胞内のシグナル伝達経路に伝えられ、最終的に転写因子の活性化に繋げられます。転写因子のDNAに対する結合において、クロマチン構造(注1)は重要な働きをもち、転写を活性化する際には、クロマチンをほどいて、リラックスした状態のDNAとなる必要があります。



東京都立大学大学院理学研究科の廣田耕志教授は、Tup1と呼ばれる酵母からヒトまで保存された転写の抑制を行うグローバルリプレッサータンパク質(注2)の働きについて、分裂酵母のグルコース飢餓ストレスに特異的に応答するfbp1遺伝子をモデル系に用いて、ボストン大学のHoffman博士と共同研究を行なってきました。これまでに分裂酵母においてTup11/Tup12 (Tup1の分裂酵母における呼び名)が、クロマチンの凝集の維持に貢献し、クロマチンを閉じた状態にすることで遺伝子の不活性化状態を維持することを見出していました。さらに、分裂酵母のfbp1遺伝子の、グルコース飢餓ストレスへの特異的な応答に必須の役割を果たすことを2004年に発表しています。しかし、ストレスの種類に特異的に転写応答する分子機構の詳細は不明のままでした。



今回、廣田耕志教授は、鶴田悠介 氏(東京都立大学大学院理学研究科博士後期課程3年次、学振特別研究員)、井上博貴 氏(東京都立大学大学院理学研究科博士前期課程(2024年度修了))、萩原健太 氏(東京都立大学大学院理学研究科博士前期課程1年次)、Charles Hoffman教授(ボストン大学)とともに、Tup11/Tup12の欠損変異体の分裂酵母に見られる、非特異的なfbp1遺伝子の活性化過程を詳細に調査し、分裂酵母においてどのような分子機構でストレスの種類に応じた適切な転写因子の結合状態が制御されているのか解明しました。



本成果は、2026年9月7日(日本時間)に「Nucleic Acids Research」オンライン版で発表されました。



研究の詳細



今回、廣田耕志教授の研究チームは、分裂酵母のグルコース飢餓ストレスに特異的に応答し活性化するfbp1遺伝子の応答に関して、Tup11/Tup12の欠損変異体に見られる、窒素源飢餓という本来応答しないはずのストレスに対する異常な転写活性化に注目して研究を行いました。fbp1の活性化に必須の転写因子のAtf1とRst2はこの異常な転写にも関わっており、どちらか一方を欠損すると大幅にfbp1転写活性が低下しました。これらの2つの転写因子はそれぞれ異なる結合部位に結合して転写活性化をするが、この時にゲノムがループ状に折りたたまれることで2つの結合部位が近接し、2つの転写因子同士が相互に安定化し合います。Tup11/Tup12の欠損変異体に見られる異常な転写活性化において、このループ構造を破壊すると異常な非特異転写は完全に消滅しました。この結果は、「Tup11/Tup12による転写因子結合の抑制」と「ループによる転写因子の近接による相互安定化」のバランスで、ストレスによる転写因子の活性化度合いと結合強度が調和する機構を示唆しています(図1モデル)。



【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202609025170-O3-RYM03Cu6】 図1 ストレス特異的な遺伝子活性化機構のモデル



さらに、ゲノムワイドな調査を実施し、fbp1遺伝子と同様の制御を受ける遺伝子が分裂酵母ゲノムに存在し、そのような遺伝子の上流領域の転写因子結合部位の配置はfbp1遺伝子におけるパターンに酷似していることも判明しました。このことから、分裂酵母ゲノムにおいて上記のモデルに示したような制御機構が一般的に機能している可能性が示唆されました。また、Tup11/Tup12の欠損とループ構造破壊につながる変異を同時に細胞に導入すると、相乗的にさまざまなストレスへの耐性が低下することから、細胞の外部ストレスの応答において上記2つの相反する軸の制御が決定的に重要であることが示唆されました。



研究の意義と波及効果



今回の研究では、細胞が外界のストレスの種類をどのように見分けているのかという、根本的な分子機構を明らかにすることができました。今後、より巨大なゲノムをもつヒトなどの生物においても本分子機構が保存されているのか、また、同様の機構が機能しているのであれば、転写因子群の協調的会合の分子機構の詳細など、さらに掘り下げて調査をする必要性があります。



以上のように今後、本研究成果がより高等な生き物での精緻な転写制御機構の解明に結びつけられることが期待されます。



用語解説



(注1)クロマチン



DNAは核内でタンパク質に巻き付いて折りたたまれた「クロマチン」と呼ばれる構造を形成しています。クロマチンが強く折りたたまれた状態では転写因子がDNAに近づけず、遺伝子は働きません。一方、遺伝子を活性化するには、クロマチンがほどけて転写因子がDNAに結合できる状態になる必要があります。



(注2)グローバルリプレッサー



広範な遺伝子ネットワーク群の転写を同時に抑える働きをもつタンパク質因子



論文情報



掲載誌:Nucleic Acids Research



タイトル:Dual Regulation of Transcription Factor Binding by Tup11/12-Mediated Destabilization and DNA Loop-Mediated Stabilization Ensures Stress-Specific Gene Activation in Fission Yeast



著者:Yusuke Tsuruta, Hirotaka Inoue, Kenta Hagiwara, Charles S. Hoffman, Kouji Hirota



DOI:10.1093/nar/gkag847



URL:https://academic.oup.com/nar/article-lookup/doi/10.1093/nar/gkag847 



情報提供元: PRワイヤー
記事名:「 細胞が適切にストレスに対応し遺伝子応答する仕組みを解明