敗血症性肝障害を「タンパク質品質管理」の視点から解明
PRワイヤー 2026年08月31日 09:00:00
2026年8月31日
岐阜大学
理化学研究所
東京慈恵会医科大学
名古屋大学
敗血症性肝障害を「タンパク質品質管理」の視点から解明 -TG2によるビメンチン架橋が肝臓マクロファージの炎症を制御-
本研究のポイント
・ 敗血症に伴う肝障害(SALD)(注1)は死亡率が約60%に達する重篤な病態ですが、有効な分子標的治療法は確立されていません。
・ 細菌を感知すると、肝臓の免疫細胞であるマクロファージにおいて、酵素「トランスグルタミナーゼ2(TG2)」(注2)が活性化し、細胞骨格タンパク質「ビメンチン」(注3)を架橋することを発見しました。
・ 細胞骨格の構造変化がタンパク質品質管理(プロテオスタシス)(注4)を破綻させ、炎症シグナル分子TRAF6(注5)の分解を抑制することで炎症を持続させる新たな分子機構を解明しました。
・ Rab27a(注5)陽性小胞を介した新たなタンパク質分解機構を発見しました。
・ TG2阻害により敗血症モデルマウスの炎症と死亡率が改善し、新たな治療戦略となる可能性を示しました。
研究概要
岐阜大学大学院医学系研究科の秦咸陽特任講師らの研究グループは、理化学研究所環境資源科学研究センター生命分子解析ユニットの堂前直ユニットリーダー、東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座の古谷裕准教授、名古屋大学大学院創薬科学研究科の辰川英樹助教などとの共同研究により、敗血症に伴う肝障害(sepsis-associated liver dysfunction、SALD)が悪化する新たな分子メカニズムを明らかにしました。
敗血症は感染に対する免疫反応が過剰となり、全身に炎症が発生し、臓器に深刻な障害を引き起こす病気です。特に肝臓は敗血症の影響を受けやすく、肝障害を発症すると死亡率が約60%に達します。しかし、その発症メカニズムには未解明な部分が多く、有効な治療法は確立されていません。
研究グループは、細菌毒素であるリポ多糖(LPS)を感知して活性化した肝臓のマクロファージにおいて、タンパク質架橋酵素「トランスグルタミナーゼ2(TG2)」が細胞骨格タンパク質「ビメンチン」を架橋し、線維状ネットワークを核周囲の「かご状構造」へと再編成することを発見しました。この構造変化により、タンパク質凝集体へのプロテアソーム(注6)の動員が妨げられ、炎症シグナル分子TRAF6の分解が抑制されることで炎症が持続することが明らかになりました。一方、TG2あるいはビメンチンを阻害すると、Rab27a陽性小胞を介した新たなタンパク質分解経路が活性化し、TRAF6の分解が促進されることで炎症が抑制されました。さらに、TG2阻害により敗血症モデルマウスの生存率が改善することも確認しました。
本研究は、敗血症性肝障害を単なる「サイトカインの暴走」としてではなく、タンパク質の品質管理(プロテオスタシス)が破綻する疾患として捉え直すものであり、新たな治療薬開発につながることが期待されます。
本研究成果は、日本時間2026年8月29日にScience Advances誌のオンライン版で発表されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202608264766-O7-Rbc43qL6】
図:TG2-ビメンチン軸によるマクロファージの炎症制御モデル
TG2によるビメンチン架橋がプロテオスタシスを障害し、TRAF6の分解抑制を介して炎症を持続させる。 一方、TG2またはビメンチンの阻害はRab27a陽性小胞を介したタンパク質分解を促進し、炎症を抑制する。
研究背景
敗血症は感染症に対する生体の過剰な免疫応答により全身に炎症が広がり、多臓器不全に至る重篤な病態です。世界で年間約1,100万人が死亡と推定されており、全死亡の約20%に関与すると報告されています。中でも肝臓は代謝と免疫の両面で重要な役割を担うため、敗血症の影響を強く受けやすく、敗血症に伴う肝障害(SALD)は死亡率が約60%に達します。しかし、既存の肝疾患治療の延長では十分な効果が得られておらず、病態に即した治療法の開発が急務となっています。
肝臓の炎症では、マクロファージが細菌成分(リポ多糖など)を感知して活性化し、TNF・IL-6・IL-1βなどの炎症性サイトカインを大量に産生することが、組織障害や死亡率と密接に関わることが知られています。しかし、個々のサイトカインを標的とした治療は臨床試験で十分な効果を示せておらず、炎症を引き起こす上流の共通メカニズムの解明が求められてきました。
研究グループは以前より、タンパク質を架橋する酵素「トランスグルタミナーゼ2(TG2)」に着目し、肝疾患モデルにおいてTG2が転写因子を架橋して肝細胞死を誘導することなどを報告してきました。さらに、敗血症モデルマウスの肝臓マクロファージでTG2の酵素活性が特異的に上昇することも見出していました。一方で、TG2がどのようにして炎症を増幅させるのか、その分子標的は長らく不明でした。近年、細胞内でタンパク質の合成・分解のバランス(プロテオスタシス)が崩れることが炎症性疾患に関与すると注目されていますが、敗血症時にマクロファージがこの破綻にどのように対処しているのかについては、ほとんど分かっていませんでした。
研究成果
研究グループは、LPSを投与した敗血症モデルマウスの肝臓・肺・腎臓を比較したところ、TG2の酵素活性が肝臓のマクロファージで特異的に強く誘導されることを見出しました。TG2阻害薬シスタミンを投与すると、肝臓の炎症性遺伝子の発現が抑えられ、敗血症モデルマウスの生存率も有意に改善しました。また、ヒトの敗血症性肝障害患者の肝組織でもTG2タンパク質量の増加が確認され、TG2が病態に関与することが裏付けられました。
次に、TG2が架橋する標的タンパク質を網羅的に探索した結果、細胞骨格を構成するタンパク質「ビメンチン」がTG2の架橋標的であることを突き止めました。LPSで活性化したマクロファージでは、TG2がビメンチンを架橋して高次構造体(オリゴマー)を形成させ、細い線維状であったビメンチンネットワークを核の周囲を取り囲む「かご状」の構造へと変化させることが、顕微鏡観察により明らかになりました。ビメンチンを欠損させたマクロファージでは、LPSに対する炎症性サイトカインの産生が抑制され、TG2を欠損させた場合と同様の抗炎症効果が確認されました。
さらに詳しく調べたところ、ビメンチンが形成する「かご状」構造は、タンパク質の凝集体を包み込み、プロテアソームの凝集体への動員(リクルート)を妨げていることが分かりました。一方、TG2またはビメンチンを欠損させたマクロファージでは、この抑制が解除され、プロテアソームがタンパク質凝集体へ効率的に動員され、炎症を引き起こす分子「TRAF6」の分解が促進されることが明らかになりました。プロテオミクス解析からは、この過程に「Rab27a」という小胞輸送を担うタンパク質が関与する、これまで知られていなかった凝集体の分解経路(Rab27a陽性小胞を介した経路)が存在することも新たに見出しました。
最後に、TG2阻害薬シスタミンとオートファジー(注6)阻害薬クロロキンを併用したところ、それぞれ単独で用いるよりも高い効果が得られ、敗血症モデルマウスの致死を4日間にわたって完全に防ぐことに成功しました。以上の結果から、「TG2-ビメンチン軸」が肝臓マクロファージの細胞骨格リモデリングとタンパク質の品質管理(プロテオスタシス)を介して炎症を制御する、新たな分子機構であることが示されました。
今後の展開
本研究により、敗血症性肝障害の悪化に「TG2-ビメンチン軸」が関与する新たな分子機構が明らかになりました。今回の成果は、マウスモデルおよびマウス由来のマクロファージ細胞株を用いた検討に基づくものであり、多菌性感染やウイルス感染など、より複雑な病態を反映したヒトの敗血症を完全に再現するものではありません。今後は、ヒトの肝臓マクロファージや臨床的に妥当性の高い敗血症モデルを用いた検証を進め、TG2を敗血症性肝障害のバイオマーカーおよび治療標的として確立することを目指します。また、TG2阻害薬シスタミンはこれまでにも皮膚炎症や糖尿病網膜症、嚢胞性線維症など様々な疾患での抗炎症作用が報告されており、オートファジー阻害薬との併用による相乗効果も踏まえ、TG2-ビメンチン-プロテオスタシス経路を標的とした敗血症性肝障害の新規治療戦略の開発が期待されます。
研究者コメント
敗血症では「炎症を抑える」ことが長年の治療戦略でした。しかし本研究から、炎症そのものではなく、細胞内のタンパク質品質管理の破綻が炎症を持続させる重要な要因であることが明らかになりました。今後は、この「プロテオスタシスの破綻」という概念を、敗血症後の長期予後、さらには慢性炎症を背景とする老化や発がんの理解と制御へと展開し、新たな診断法や治療法の開発につなげたいと考えています。(秦咸陽)
用語解説
(注1)敗血症・敗血症性肝障害(SALD)
感染症に対する生体の免疫応答が制御を失い、全身に過剰な炎症と臓器障害を引き起こす病態が敗血症。中でも肝臓に生じる障害を敗血症性肝障害(SALD)と呼び、死亡率が特に高いことが知られる。
(注2)トランスグルタミナーゼ2(TG2)
タンパク質中のグルタミン残基とリジン残基の間に共有結合を形成し、タンパク質同士を架橋する酵素。神経変性疾患やがんなど様々な疾患への関与が報告されている。
(注3)ビメンチン
細胞の形を支える中間径フィラメントを構成するタンパク質の一つ。細胞骨格としての機能に加え、近年は免疫細胞の機能制御にも関わることが分かってきている。
(注4)プロテオスタシス(タンパク質品質管理)
細胞内でタンパク質が合成・折りたたみ・輸送・分解される一連の過程が適切に保たれている状態。この均衡が崩れると異常なタンパク質の蓄積(凝集)が生じ、細胞機能に影響する。近年では、タンパク質凝集体は単なる老廃物ではなく、細胞が受けたストレスや細胞状態の変化を反映・記録する「情報体」として機能する可能性が注目されている。
(注5)TRAF6・Rab27a
TRAF6は炎症シグナル(NF-κB経路)を伝える中心的な分子。Rab27aは細胞内の小胞輸送を制御するタンパク質で、本研究ではTRAF6を含む凝集体をプロテアソームへ受け渡す経路に関与することが示された。
(注6)ユビキチン-プロテアソーム系・オートファジー
細胞内の不要・異常なタンパク質を分解する二つの主要な仕組み。プロテアソームは主に個々のタンパク質を分解し、オートファジーはより大きな凝集体や損傷した細胞小器官を分解する。
研究支援
本研究は、以下の研究助成などを受けて実施されました。
日本学術振興会 科学研究費助成事業(科研費:JP20K07349、JP24K10088)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED:JP23fk0210100h0003、 P24jm0210092s0104)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST:JPMJNX25E3)、公益財団法人 武田科学振興財団
論文情報
雑誌名:Science Advances
論文タイトル:Transglutaminase 2 regulates vimentin-dependent proteostasis during macrophage activation
著者:Yali Xu, Ting Su, Mishra Hricha, Naoshi Dohmae, Takehiro Suzuki, Yuriko Sakamaki, Haruyo Aoyagi, Hideki Aizaki, Hajime Nishimura, Erina Furuhata, Yuqing Gong, Qi Cheng, Beiyuan Zhang, Chenzhe He, Kaori Yanaka, Yutaka Furutani, Hideki Tatsukawa, Harukazu Suzuki, Wenkui Yu, Xian-Yang Qin
DOI: 10.1126/sciadv.aea7513
情報提供元: PRワイヤー
記事名:「 敗血症性肝障害を「タンパク質品質管理」の視点から解明 」