超伝導を強める電子の「隠れた輪」を発見 ― 新しい超伝導材料設計への道筋 ―
PRワイヤー 2026年10月19日 11:00:00
2026年10月19日
報道機関 各位
国立大学法人東北大学
国立大学法人大阪大学
株式会社豊田中央研究所
大学共同利用機関法人自然科学研究機構分子科学研究所
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
沖縄科学技術大学院大学
超伝導を強める電子の「隠れた輪」を発見 ― 新しい超伝導材料設計への道筋 ―
【発表のポイント】
●電子が集まりやすい特殊な状態が、通常の「点」ではなく「輪(リング)」として広がることを実験と理論の両面から明らかにしました。
●このリング状の電子状態が電子の活動領域(フェルミ準位(注1))に近づくほど、超伝導転移温度が高くなることを見出しました。
●本成果はより高温で超伝導を実現する材料探索の新たな指針となります。
【概要】
超伝導などの量子現象は、電子がどのように存在しているかに大きく左右されます。特に電子が特定のエネルギーに集中しやすい「特異点」(サドル点, 図1a)と呼ばれる状態は、超伝導を強める重要な要素として知られています。しかし、これまでその効果は主に2次元的な材料での検証にとどまっており、3次元結晶で同様の強い効果を実現することは難しいと考えられてきました。
東北大学、大阪大学、豊田中央研究所、分子科学研究所、高エネルギー加速器研究機構、沖縄科学技術大学院大学などの共同研究グループは、3次元的な電子構造を持つ超伝導合金Pt(Bi1-xSex)2に着目しました。放射光(注2)を用いた角度分解光電子分光(ARPES)(注3)及び光電子運動量顕微鏡(注4)測定と、合金中の原子置換の乱れを取り込めるコヒーレントポテンシャル近似(CPA)(注5)計算を用い、電子の動きを調べた結果、サドル点が環状につながった特殊な電子状態「サドルループ(輪状特異点)」(図1b)の存在を見出しました。また、サドルループがフェルミ準位に近づく組成ほど、超伝導転移温度が高くなるという相関を明らかにしました。本成果は、これまで主に2次元材料で利用されてきたサドル点の物理を3次元材料へ拡張するものであり、新しい超伝導体や強相関量子材料の探索に向けた設計指針になると期待されます。
本成果は、2026年10月14日、科学誌 npj Quantum Materials に掲載されました。
【詳細な説明】
研究の背景
超伝導や磁性などの量子現象を引き出す有力な方法の一つは、電子状態の中に現れる「特異点」を利用することです。特異点とは、電子の動き方が通常とは大きく異なる電子バンド上の特徴的な場所を指します。代表的な例は、図1aに示す馬の鞍のような形(電子バンドが一方向には山、それと直交する方向には谷のような形)をした「サドル点」です。2次元材料では、このサドル点が存在すると、電子が特定のエネルギーに集中して状態密度が大きく増える現象「van Hove特異点」が生じます。これにより、超伝導をはじめとした興味深い量子現象が生じます。この効果は、高温超伝導体など、さまざまな2次元量子材料で重要な役割を果たすことが知られています。
一方、私たちの身の回りにある多くの物質は3次元結晶です。3次元では通常のサドル点による電子状態密度の増大は弱く、2次元材料のような強い効果を引き起こすことは難しいと考えられてきました。そこで近年、サドル点を輪のように連結するなどした新型の特異点の実現に関心が高まっています。理論的には、サドル点を環状につなげた「サドルループ」(図1b)により、3次元結晶でも2次元材料に匹敵する状態密度の増大が実現できると予想されています。しかし、実際の物質でこれを実験的に直接観測することは容易ではありませんでした。
今回の取り組み
今回、東北大学大学院理学研究科の森田 雄晴 大学院生、中山 耕輔 助教、同大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)量子マテリアル国際研究センター(Q2)の佐藤 宇史 教授らの研究グループは、大阪大学大学院理学研究科の工藤 一貴 教授、新見 康洋 教授、萩原 政幸 教授、豊田中央研究所の伊東 直洋、東北大学大学院理学研究科の是常 隆 教授、東北大学多元物質科学研究所の組頭 広志 教授、分子科学研究所の田中 清尚 准教授、松井 文彦 教授、高エネルギー加速器研究機構の小澤 健一 教授、沖縄科学技術大学院大学の岡田 佳憲 准教授らのグループと共同で、白金・ビスマス・セレンからなる超伝導合金Pt(Bi1-xSex)2においてサドルループの存在を実証しました。
Pt(Bi1-xSex)2は、Seの量を変えることで結晶構造や電子状態が変化し、さらに超伝導を示すことが知られています(図2)。特に、3次元的な電子構造を持ちながら、超伝導転移温度が組成によって大きく変化するため、隠れた電子状態の特異点を探索する格好の物質系と考え、研究対象として注目しました。
研究グループは最初に、放射光を用いたARPESおよび光電子運動量顕微鏡測定を行いました。これらの実験手法は、物質に光を当てて飛び出してくる電子を調べることで、電子のエネルギーと運動量の関係を直接可視化できる手法です。本研究では、結晶内部に広がる3次元的な電子状態を詳細に調べました。その結果、Pt(Bi0.92Se0.08)2において、サドル点が環状につながったサドルループが存在することを突き止めました(図3上段)。
一方、Pt(Bi0.92Se0.08)2はBiとSeがランダムに置き換わった合金であるため、通常の理論計算では電子状態の再現が困難です。そこで、合金中の原子置換の乱れを取り込めるCPA計算を用い、ARPESスペクトルと直接比較することで、サドルループ型van Hove特異点の形成を理論的にも裏付けました(図3下段)。さらに、Bi/Se由来の電子軌道とPt由来の電子軌道が交差して相互作用することでサドルループが生じるという形成メカニズムも明らかにしました。
また、組成を変化させた試料に対するARPES測定およびCPA計算も行った結果、Se濃度が低くサドルループがフェルミ準位に近いほど、超伝導転移温度が高いことが分かりました。これは、サドルループによる電子状態密度の増大が、超伝導の発現や増強に関係している可能性を示唆します。
今後の展開
従来、van Hove特異点を利用した物性制御は、主に2次元材料で議論されてきました。今回明らかになった「軌道混成によってサドルループ型van Hove特異点を作る」という考え方は、Pt(Bi1-xSex)2に限らず、複数の電子軌道がフェルミ準位近傍で交差する3次元材料に広く適用できる可能性があります。今後、元素置換、圧力、薄膜化、界面制御などを用いてサドルループの位置や形状を制御できれば、3次元結晶における超伝導や強相関電子状態を意図的に設計する道が開かれます。
また、本研究では、サドルループの近くに、ディラックコーン型のトポロジカル表面状態(注6)が現れることも示しました。サドルループによる高い電子状態密度とトポロジカル表面状態が近いエネルギーで共存することも本研究によって明らかになっていることから、トポロジカル超伝導(注7)などの実現にもつながる可能性があります。
今回発見したリング状特異点は、超伝導だけでなく磁性やトポロジカル物性など多様な量子現象にも影響を与える可能性があり、次世代量子材料の開発につながることが期待されます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202606090593-O2-6gQ3k136】
図1.
(a)サドル点の模式図。電子バンドが水色の点線に沿って山(凸)、橙色の点線に沿って谷(凹)のようなエネルギー分散を示し、それらが交わる紫色の点がサドル点に対応する。
(b)サドルループの模式図。サドル点が紫色の輪に沿って連なった構造を持つ。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202606090593-O3-mcuRym2Y】
図2.
(a) Pt(Bi1-xSex)2の結晶構造。
(b) Pt(Bi1-xSex)2の超伝導相図。少量のBiをSeで置換することで超伝導転移温度(Tc)が大きく上昇する。本研究により、サドルループはTcの低いx = 0では存在せず、Tcの高いx = 0.08でフェルミ準位近傍に出現すること、および、再びTcの低下する高x領域ではフェルミ準位から離れることが明らかになった。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202606090593-O4-m21C1lWj】
図3.
(a) 運動量空間(kx, ky)においてフェルミ準位上で測定した光電子強度。サドルループ構造に対応する円形の強度(紫色の点線)が観測されている。
(b) (a)の黄色点線に沿ってkz = π(左)と0.9π(右)で測定したバンド分散。kx方向に山(水色点線)、kz方向に谷(橙色点線)のように分散するバンドがサドル点(SP)を形成している様子が分かる。
(c) (a)に対応するCPA計算結果。
(d) (b)に対応するCPA計算結果。実験データを良く再現していることが分かる。
【謝辞】
本成果は、日本学術振興会(JSPS)科研費JP24K21531・JP23K22453・JP22H01182(研究代表者:工藤一貴)、JP23K25812(研究代表者:中山 耕輔)、JP22K03447(研究代表者:是常 隆)、JP21H04435(研究代表者:佐藤 宇史)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「ナノスピンARPESによるハイブリッドトポロジカル材料創製」(JPMJCR18T1)(研究代表者:佐藤 宇史)などの助成により得られました。放射光を用いたARPES実験は分子科学研究所共同利用研究(課題番号:No. 24IMS1216、No. 24IMS6641、No. 23IMS6835、No. 23IMS1219)および高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所放射光共同利用実験課題(課題番号:2024S2-001、2021S2-001)により実施しました。本研究の一部は、東京大学物性研究所共同利用プログラム(大阪大学大学院理学研究科附属先端強磁場科学研究センターにて実施)の支援を受けて行われました。また、本論文は「東北大学2026年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」の支援を受け、Open Accessとなっています。
【用語説明】
注1. フェルミ準位:電子が占有するエネルギーの境界に相当する基準。
注2. 放射光:円形の加速器内を周回運動する数GeV(ギガ電子ボルト)の高いエネルギーを持つ電子が、磁場によって軌道を曲げられたときに発生する指向性の高い電磁波。
注3. 角度分解光電子分光(ARPES):結晶の表面に紫外線を照射して、外部光電効果により結晶外に放出される電子のエネルギーと運動量を同時に測定することで、物質中での電子の状態を観測する実験手法。
注4. 光電子運動量顕微鏡:ARPES装置のうち、光電子を検出する分析器に顕微鏡機能が搭載されたもの。通常のARPES測定に比べ、非常に広い運動量空間の電子状態を一挙に決定したり、電子状態の実空間依存性を観測したりすることが可能になる。
注5. コヒーレントポテンシャル近似(CPA):不規則な原子配列を持つ物質の電子状態を扱うための代表的な理論手法。通常のバンド計算は、原子が周期的に並んでいる結晶を前提とするため、異なる元素がランダムに置換した合金では電子状態の記述が難しくなる。CPAではこのような原子配列の乱れを平均化して取り込み、合金の電子状態を高効率かつ高精度で計算することができる。
注6. トポロジカル表面状態:近年、物質内部は絶縁体でありながら表面は金属的に振る舞う「トポロジカル絶縁体」と呼ばれる新しい物質相が発見されました。この特殊な金属表面状態は「トポロジカル表面状態」と呼ばれ、光速で運動する粒子に似た特徴的なエネルギー分散を示します。Pt(Bi1-xSex)2においても、このトポロジカル表面状態の存在が検証されました。
注7. ポロジカル超伝導:通常の超伝導は、物質が臨界温度以下に冷却されたときに起こる、電気抵抗がゼロになる現象です。超伝導状態では、電気がエネルギーを失わずに物質中を流れます。トポロジカル超伝導では、物質の表面やエッジ(端)に、マヨラナ粒子と呼ばれる不純物に対して頑強な電子状態が現れます。このマヨラナ粒子は量子コンピューターなどへの応用が期待されています。
【論文情報】
タイトル:Observation of a saddle-loop van Hove singularity
著者:Y. Morita, K. Nakayama*, N. Ito, T. Kato, T. Nakamura, H. Zhang, X. Tang, T. Lin, K. Yanagizawa, S. Souma, S. Masaki, T. Ikushima, Y. Moriyasu, K. Hagiwara, F. Matsui, K. Tanaka, K. Ozawa, D. Shiga, H. Kumigashira, M. Maeda, Y. Niimi, T. Kida, M. Hagiwara, T. K. Kim, C. Cacho, T. Takahashi, Y. Okada, S. Zhou, T. Koretsune, K. Kudo, T. Sato*
*責任著者: 東北大学大学院理学研究科 助教 中山耕輔
東北大学材料科学高等研究所 教授 佐藤宇史
掲載誌:npj Quantum Materials
DOI : 10.1038/s41535-026-00905-4
URL: https://doi.org/10.1038/s41535-026-00905-4
【問い合わせ先】
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
助教 中山 耕輔(なかやま こうすけ)
TEL:022-217-6169
Email:k.nakayama@arpes.phys.tohoku.ac.jp
東北大学材料科学高等研究所
教授 佐藤 宇史(さとう たかふみ)
TEL:022-217-6169
Email:t-sato@arpes.phys.tohoku.ac.jp
情報提供元: PRワイヤー