~アフォーダンス・エナクティヴィズムと人生の関係~

2025年6月24日
早稲田大学

「人生の意味とは何か」という問いに、 現象学・哲学から切り込んでみた  ~アフォーダンス・エナクティヴィズムと人生の関係~

【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M102172/202506231035/_prw_PT1fl_cqqF2Qu5.png

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202506231035-O2-NEzxtECk

「人生の意味とは何か?」という問いは、はるか昔からずっと問われ続けてきました。それは哲学の中心的な問いであるとも言えます。近年、その問いに対して、「人生の意味」という概念を緻密に分析することで迫ろうとする試みが盛んになってきています。これを「人生の意味の哲学」と呼びます。しかし、その領域では、人生に意味を感じる人間の主観的な経験において何が起きているのかについての哲学的探求が不足していました。

早稲田大学人間科学学術院森岡 正博(もりおか まさひろ)教授は、人間が自分の人生に向けて何かの態度をもって働きかけようとするときにその人間に経験される地理学的な風景として「人生の意味」を考察する、というアイデアを提唱しました。これは人生に関する心理学・認知科学・地理学などに影響を与えると考えられます。

本研究成果は「Philosophia」に2025年6月4日(水) (現地時間)にオンライン公開されました。

 

キーワード:

人生の意味、現象学、哲学、心理学、認知科学、地理学、アフォーダンス、エナクティヴィズム

 

(1)これまでの研究で分かっていたこと

これまでの心理学と哲学の研究によって、人間の主観的な気分や感情が、その人間が経験する「人生の意味」に大きな影響を与えることは分かっていました。たとえば抑うつの状態にある人間は、自分の人生にたいした意味はないと考えがちになるかもしれません。たとえば哲学者Ratcliffe (2010)は、人間が心の中で持つムードが、人間の知覚のバックグラウンドで生々しく働き、その人間が自分の人生の意味をとらえるときに大きな影響を与えると指摘しました。心理学においても、気分が人生の意味の知覚に与える影響について実証的な研究がなされてきました。他方で、現象学※1においては、人間が自分の身体を内側から主体的に生きる経験というものが、人間の知覚のあり方そのものに深い影響を与えることが分かっていました。そして、現象学に隣接する学問領域において、アフォーダンス※2、ソリシテーション※3、エナクション(エナクティヴィズム※4)といった概念が次々と提唱され、人間が身体を通して世界に関わろうとする行為や態度に対応して、人間の知覚そのものが構築されるというメカニズムに関心が集まりました。本研究では、このメカニズムを世界の知覚の場面だけではなく、人生の意味の知覚の場面でも使ってみようと考えました。

 

(2)今回の研究で明らかにしたこと

本研究は哲学の領域であり、何かのデータをもとにした客観的な知識を提供するものではありません。本研究ではもっぱら「人生の意味」とは何かについての概念的な考察とその理論的洗練が行なわれています。これまでの「人生の意味」の哲学においては、そもそも「人生の意味」というのは主観的なものなのか(本人が自分の人生に意味があると思ったら、それだけで人生に意味はあるのだ)、それとも客観的なものなのか(本人がどう思うかに関係なく、人生の意味は客観的に決まるのだ)、あるいはその両者を融合したものなのか(ハイブリッド説と呼びます)、ということがさかんに論じられてきました。本研究はそのような議論には背を向け、人生を生きようとする人間とその人間が生きるところの人生のあいだで、どのようにして「人生の意味」が構築されて、その人間に生々しく経験されるのかについて論理的な考察をしました。

その結果として、人生の意味に関する「地理学的モデル」というものを提唱しました。本研究では、受動的な知覚モデルは採用せず、そのかわりに、ちょうど視覚障碍者が杖を用いて自分の周りの地形を探索するときのような能動的探索モデルを採用しました。それを人生の意味の知覚に適用すると、人間が自分の人生をどのような態度とコミットメントで探索するかに応じて、人生のほうから人生のすばらしさや悲惨さについてのリアクションが様々に(現実問題としてあるいは可能性として)返ってきます。つまり、それらの現実的・可能的な人生の価値の見え方が、ある種の多様な地理学的付置として人間の経験へと迫ってきます。ちょうど山頂に立った人間の周りに、様々な空模様や地形の見え姿が360度の付置として迫って来るようなイメージです。人間の探索行為や探索態度に対応したこのような地理学的付置として「人生の意味」という概念を捉えようというのが本研究の提案です。最終的な定義は、今回の論文で定式化しています。(「人生の意味の地理学的モデルとは、視覚障碍者が杖を用いて道を探索する行為のようなやり方で、自分の人生をいまここで探索することによって活性化されて経験されるところの、人生を生きる有価値性についての様々な生きられた経験のコンビネーションの諸パターンの全セットのことである」。)このような定義が人生の意味の哲学で行なわれたことはなく、この意味においても注目されます。

これまでの「人生の意味」の哲学では、有意味な人生とは何なのかをはっきりとさせ、人生を有意味にしていくためにはどうしたらいいのかを念頭に置くような研究がほとんどです。それに対して、本研究は、人生に起きる有意味な出来事と悲惨な出来事をいわばともに突き放して捉え、それらプラスとマイナスの両方によって織りなされた地理学的付置の知覚経験として「人生の意味」を捉えるというパラダイムシフトがなされています。それは、現象学の方法論を「人生の意味」の哲学に持ち込んだことによって可能となりました。哲学の論文というと、過去の哲学者のセオリーについての解釈を述べるものというイメージがあるかもしれませんが、本論文はそうではなく、著者自身のオリジナルなアイデアを展開するものです。

 

(3)研究の波及効果や社会的影響

哲学の領域の理論的考察なので、直接の社会的波及効果はほとんどありません。ただ、学術的な波及効果としては、「人生の意味」の哲学のみならず、「人生の意味」を扱う心理学・認知科学にインパクトを与える可能性があります。たとえば心理学は、人間が「人生の意味」を感じるときの数量的な尺度や質的な尺度を提唱してきました。それらには様々なバリエーションがありますが、本研究で提唱した「地理学的モデル」は、それらの尺度とはまた異なった角度から「人生の意味」の経験に迫るもので、新たな知見を心理学にもたらす可能性があります。これまで心理学と哲学には相互無理解の様相もありましたが、現象学をあいだに挟むことによって、より有益な共同研究が開けてくると考えられます。

 

(4)今後の展望

現在進めている「人生の意味」の哲学の他のアプローチ、すなわち、人生の意味の哲学への独在論的アプローチ※5と、人生の意味の哲学への「解放と想起」のアプローチを、本研究に統合することによって、「人生の意味」の哲学の領域で新たな体系的思索を構築することがあげられます。「人生の意味」の哲学というのは、そもそもは多くの人々に開かれた哲学であるはずなので、学術的な理論的考察と同時に、それをもっと分かりやすい言葉で広く提唱する試みを行なっていくことも大事です。

 

(5)研究者のコメント

哲学は、自然科学とはまったく異なった方法論を持った学問です。紀元前から始まって、現代に至るまで、「幸福とは何か」とか「自我とは何か」といった難問をひたすら考察しています。研究のラディカルな進歩というものはさほどありませんが、それでも時代に応じていろいろとブレイクスルーがあるので、たいへん興味深いです。

 

(6)用語解説

※1 現象学

哲学者エトムント・フッサールによって20世紀前半に提唱された哲学の方法論。人間の意識経験の構造を内的に解明することを目指す。後継者たちによって、身体を内側から生きる経験の探求として拡張された。20世紀後半から21世紀にかけて、社会科学・自然科学をも含む幅広い学問領域へと影響を広げている。

 

※2 アフォーダンス

知覚心理学者のジェイムス・J・ギブソンによって20世紀後半に提唱された概念。ある環境の中で人間や動物が行為するときに、その行為の可能性の束が環境の側から人間や動物に与えられるとされ、それがアフォーダンスと呼ばれる。

 

※3 ソリシテーション

知覚された対象が、あたかも主体の行動を誘ってくるかのように感じられる現象。

 

※4 エナクティヴィズム

生物学者・哲学者フランシスコ・ヴァレラによって20世紀末に提唱された認知科学の方法論。それによれば、人間の知覚は単なる受動的なものではなく、それ自体能動的なものであるとされる。自分の身体をとおした環境世界への能動的な介入行為こそが、知覚を基礎づけるものである。

 

※5 独在論的アプローチ

人生を実際に生きているこの私のあり方は、人生を生きている他人のあり方とは異なった特徴を持っているという視点から、人生を生きる主体の特性について考察していくアプローチ。20世紀の哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインがその先鞭をつけたと考えられる。

 

(7)論文情報

雑誌名:Philosophia

論文名:A Phenomenological Approach to the Philosophy of Meaning in Life

執筆者名(所属機関名):*Masahiro Morioka (Waseda University) *:責任著者

掲載日時(現地時間):2025年6月4日

掲載URL:https://link.springer.com/article/10.1007/s11406-025-00854-5

DOI:https://doi.org/10.1007/s11406-025-00854-5

 

(8)研究助成

研究費名:基盤研究(C) 23K00039

研究課題名:人生の意味の哲学と誕生肯定の哲学を架橋するための基盤研究

研究代表者名(所属機関名):森岡正博(早稲田大学)

 

研究費名:基盤研究(B) 24K00001

研究課題名:「人生の意味」の分析哲学的研究と価値の哲学

研究代表者名(所属機関名):蔵田伸雄(創価大学)

情報提供元: PRワイヤー
記事名:「 「人生の意味とは何か」という問いに、現象学・哲学から切り込んでみた