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東京都立大学大学院理学研究科の冨塚暖史大学院生、立木佑弥助教および京都大学生態学研究センターの山尾僚教授らの共同研究グループは、進化シミュレーションを用いて、数万年にわたる植物の花の進化を再現し、植物が血縁個体(親や兄弟など遺伝的に近い個体)と生育する際に、花を大きくする行動が進化する理由(究極要因)を特定し、また、その進化条件を明らかにしました。
これまでの研究では、植物は血縁個体と一緒に育つと、非血縁個体と育つ場合に比べて花弁が大きくなることが栽培実験を通じて明らかにされています。この現象を報告した研究者たちは、隣接個体が血縁者であるときに花弁サイズを大きくし、自らコストを支払う一方で、血縁者の受粉率を高める利他的行動(協力行動)の可能性を指摘していました(図1)。しかし、本研究では、これまでの考えとは異なる視点を提示しました。利他的行動に加えて、非血縁個体と育った場合には送粉者誘引に協力せず、花をつくるコストを削減する「フリーライダー戦略」が進化することを発見しました(図1)。したがって、栽培実験の結果として観察された「血縁個体と育つと花弁が大きくなる傾向」は、次の3つの可能性を含むと考えられます。
(1)血縁者に対して花弁サイズを大きくする利他的行動
(2)非血縁者に対して花弁サイズを小さくするフリーライダー戦略
(3)利他的行動とフリーライダー戦略の両方
このため、「植物を血縁個体と育てた場合に、非血縁個体と育てた場合と比べて花弁サイズが大きくなった」という実験結果のみから、利他的行動の存在を結論づけることは慎重に検討する必要があります。さらに、本研究では、利他的行動やフリーライダー戦略の進化条件が、植物の血縁認識能や送粉者の行動様式に依存することを数学的に特定しました。本研究は、植物の協力行動の進化が血縁認識と送粉者の行動に影響を受けることを初めて明らかにしたものです。本研究成果は2025年4月21日にJournal of Evolutionary Biology誌で電子出版されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202504227785-O1-B90J00A3】
2.ポイント
・植物が血縁個体と育ったときに大きい花をつけるふるまいは、植物の血縁認識能が高く、その植物の送粉者の大きな花への選好性が比較的弱いときに獲得されることを明らかにしました。
・血縁個体と育ったときに花を大きくするふるまいが利他的行動であり、自身の種子生産量を低下させて、周囲の血縁個体の種子生産を高めるように作用することを数学的に証明しました。
・血縁者と育ったときに花を小さくするふるまいはフリーライダー戦略であり、送粉者誘引を他者に任せ、花弁を生産するコストを削減することで利益を得ることを数学的に証明しました。
3.研究の背景
生物の中には、血縁者を認識し、協力的な行動をとるものが知られています。例えば、多くのアリは、同じコロニーで育った個体同士が協力して巣を守ったり、餌を共有したりする一方で、異なるコロニーのアリには攻撃的な行動を取ります。これまで、血縁認識は主に社会生活を営む動物や微生物で報告されてきました。しかし近年、植物にも血縁認識能力がある可能性が明らかになってきました。
例えば、オニハマダイコンでは、血縁者と一緒に育つと、非血縁者と育つ場合に比べて根への資源配分が減少し、土壌資源をめぐる競争を避けることがわかっています。また、シロイヌナズナは血縁者と育つと、光競争を避けるような葉の配置を見せます。このように、植物の血縁認識を支持する証拠は増えつつありますが、これまでの研究は主に「根」や「葉」といった水、栄養塩や光など、生育に必須の「資源」の獲得に関わる部分に焦点が当てられてきました。
一方で、「花」などの繁殖に関わる器官への血縁認識の影響は、これまであまり研究されていません。数少ない事例の 一つとして、アブラナ科の植物で、血縁者と一緒に育つと、非血縁者と育つ場合に比べて花弁が大きくなることが報告されました。これを観察した研究者たちは、この結果を利他的行動であると解釈しました。なぜなら、一般に、送粉者は花の数が多い植物集団に誘引されます。一方で、植物にとっては花弁サイズを大きくすることには組織や色素の生産に大きなコストがかかります。したがって、血縁者と一緒に育った植物は、大きな花弁の生産と維持というコストを払って集団を訪問する送粉者数を増やし、周囲の血縁者の受粉率の向上に貢献している可能性があります。
しかし、こうしたふるまいが本当に利他的行動であるかは明らかではありませんでした。さらに、植物の血縁認識が繁殖器官に及ぼす影響を調べた研究は限られており、この応答の一般性は不明です。こうした一般性を明らかにするためには、シミュレーションなど数理的なアプローチが有効になります。
4.研究成果
本研究では、植物が血縁者と一緒に育ったときに花弁サイズを大きくするかどうかが、送粉者の行動や植物の血縁認識の精度によって決まることを、数理的なアプローチを用いて明らかにしました。
本研究では、一年生植物が小規模な集団で生息する状況を想定したメタ個体群モデルを構築し、花弁サイズについて進化シミュレーションを行いました。送粉者の採餌行動は、集団選択(どの植物集団を訪れるか)と個体選択(植物集団内のどの個体を訪れるか)の2段階に分けて考えました。植物集団に含まれる花弁サイズの合計が大きいほど、送粉者にとっての集団の魅力が高まり、送粉者の訪問頻度が増加します。よって、花弁サイズを大きくすることは、植物集団全体の利益を高める協力的な行動である可能性があります。血縁関係にあるものが、みな揃って同じ応答をすれば、周囲の血縁が入り混じる集団にくらべて送粉者を集めやすくなります。一方で、送粉者が集団内で大きい花を選好する場合、送粉者は大きい花をもつ植物個体に集中し、同じ集団に属する他個体の送粉機会が減少する可能性があります。こうした集団間、集団内という2つのスケールでの送粉者の採餌行動が、花弁サイズの進化に及ぼす影響を検討しました。また、植物が血縁者をどの程度正確に区別できるかという血縁認識の精度が、花弁サイズの進化に与える影響についても検討しました。
その結果、花弁サイズの進化パターンは、送粉者が個体選択で大きな花をどの程度強く選好するか(個体選好性)と、植物の血縁認識の精度(閾値)によって、4つに分類されることがわかりました(図2)。血縁認識の精度が高いほど、より血縁の近い個体だけを血縁者と判断することを意味します。また、解析の結果、このような4つのパターンは、たくさんの花をもつパッチへの送粉者の選好性(集団選好性)が高いときに明確に表れることがわかりました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202504227785-O3-ah1rl5ay】
図2から、周囲の個体が血縁者である場合に花弁を大きくするふるまいは、送粉者の個体選好性が弱いとき、もしくは、血縁認識の精度が高いときに進化しやすいことが明らかになりました(図2のオレンジ、緑)。また、適応度比較により、花弁を大きくする行動は自身の適応度を下げる一方で、周辺個体の適応度を高める「利他的行動」であることが分かりました(図3)。花弁を大きくすることは集団の魅力を高め、集団を訪問する送粉者を増やすことにより、同集団で育つ他個体に利益をもたらす可能性があります。しかし、送粉者の個体選好性が高いときには、ある植物個体が花弁を大きくすることは、自身への送粉者の集中を招き、同集団で育つ他個体の送粉機会を奪うことになります。よって、周囲の個体が血縁者である場合に花弁を大きくする協力行動は、送粉者の個体選好性が高いときには進化しにくく、送粉者の個体選好性が低いときにだけ進化しました。また、血縁認識の精度が低いときには、血縁者とみなした相手に実際には血縁の遠い個体が紛れてしまうことがあります。よって、本来ならば信頼できない血縁の遠い個体に対して利他的行動を行う個体は、遺伝子を残す上で不利であり、進化的に維持されません。こうして、送粉者の個体選好性が低く、血縁認識の精度が高いときに、花弁を大きくする利他的行動が獲得されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202504227785-O2-vKi22Amd】
また、周囲の個体が非血縁者である場合に花弁を小さくするふるまいは、送粉者の個体選好性が弱いとき、もしくは、血縁認識閾値が低いときに進化しました(図2の緑、青)。適応度比較により、花弁を小さくすることは自身の適応度を高める一方で、周辺個体の適応度を低下させる「フリーライダー戦略」であることが分かりました(図3)。花弁を小さくした個体は、花弁の生産や維持にかかるコストを減らすという利益を得ます。また、送粉者の個体選好性が十分に弱いときには、花弁が小さいときにも送粉者の訪問を受けることができます。さらに、血縁認識閾値が高いときにフリーライダー戦略を行うと、不利益を与える周辺個体の中に血縁の近い個体が含まれてしまう可能性があります。血縁の近い個体の適応度を下げるような行動は遺伝子を残す上で不利であることから、フリーライダー戦略は血縁認識閾値が高いときには進化的に獲得されにくいと考えられます。こうして、花弁を小さくするフリーライダー戦略は、送粉者の個体選好性が低く、血縁認識閾値が低いときに獲得されました。
5.研究の意義と波及効果
大きな花は園芸上、価値があります。そのため、植物の血縁認識能力を利用して、花弁が大きな花を育てようと考えることは理にかなっています。しかしながら、本研究で明らかになったことは、血縁者に対して花を大きくするかどうかは、植物種と送粉者の関係性によって変化するということです。野生状態でハチ類など、集団への選好性が高い送粉者に訪花されている植物種ほど、このような応答がみられやすいということが理論的に予測されました。
本研究の結果は、栽培実験で観察された「血縁個体と育つと花弁が大きくなる傾向」は、次の3つの可能性を含むことを示しています。(1)血縁者に対して花弁サイズを大きくする利他的行動、(2)非血縁者に対して花弁サイズを小さくするフリーライダー戦略、(3)利他的行動とフリーライダー戦略の両方。したがって、植物を血縁者と育てた場合と、非血縁者と育てた場合で花弁サイズに差が生じたという結果のみから、利他的行動であると考察することは慎重に検討する必要があります。
6.論文情報
■論文情報
タイトル:Altruism or Selfishness: Floral behavior based on genetic relatedness with neighboring plants.
著者:Haruto Tomizuka, Akira Yamawo, Yuuya Tachiki
雑誌名:Journal of Evolutionary Biology
DOI: 10.1093/jeb/voaf015
公開日:2025年4月21日