概 要 国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という) 細胞分子工学研究部門 分子細胞マルチオミクス研究グループの岡谷千晶 主任研究員、富永大介 主任研究員(当時、現:明治薬科大学教授)、富岡あづさ テクニカルスタッフ、坂上弘明 研究員、久野敦 研究グループ長と、名古屋大学 糖鎖生命コア研究所糖鎖ビッグデータセンターの梶裕之 特任教授(兼:産総研 客員研究員)、慶應義塾大学 医学部の洪繁 特任准教授、合田徳夫 特任講師(当時)は、糖鎖が結合したタンパク質の質量分析によるグライコプロテオーム解析データを自動解析できるソフトウエア「GRable Version 1.0(以下、GRable)」を開発しました。糖ペプチドの同定は2段階の質量分析(MS2)による方法が主流ですが、産総研では、1段階の分析(MS1)で糖ペプチドシグナルを特定する方法(Glycan heterogeneity-based Relational IDentification of Glycopeptide signals on Elution profile(Glyco-RIDGE)法)を開発し、MS2による方法よりも網羅性の高い分析を可能としました。本ソフトウエアはGlyco-RIDGE法に基づく質量分析を支援するもので、バイオ医薬品などの特定糖タンパク質の詳細構造解析や、創薬シーズとなり得る糖タンパク質探索のための大規模解析のどちらにも活用できることを実証しました。本ソフトウエアはウェブ公開されており、無償で利用可能です(質量分析によるグライコプロテオーム解析を加速するソフトウエア「GRable」の公開)。なお、この技術の詳細は、2024年9月30日に「Molecular &Cellular Proteomics」に掲載されました。
下線部は【用語解説】参照
研究の背景 患者のQuality Of Life(QOL)向上や医療費の抑制のため、早期に疾患を発見し発症前に治療する先制医療や、個人差を踏まえて効果が高く副作用の少ない治療を行う個別化医療の実現が求められています。一方、糖鎖は「細胞の顔」として細胞の状態により変化するため、疾患に伴い糖鎖構造が変化する糖タンパク質は、細胞の病変を鋭敏に反映する目印や機能分子として、先制医療を可能とする診断薬や個別化医療に資する治療薬の開発に利用できます。この疾患に伴う糖鎖変化を利用した糖鎖創薬では、真に病態と関連し、標的となる病変細胞に特異性の高い糖タンパク質(糖鎖・タンパク質の組み合わせ)を同定することが重要です。一方、糖鎖は、タンパク質や核酸と比べて構造が多様かつ複雑で量的に少なく、解析面で大きな障壁があります。グライコプロテオーム解析は、現在主流である、糖ペプチド由来のフラグメントイオン(プロダクトイオン)に基づくMS2ベースの解析法では、信頼性の高い糖ペプチドの同定が可能である一方、解析に十分なMS2スペクトルが取得されないと糖ペプチドが同定できず、網羅性に課題がありました。
論文情報 掲載誌:Molecular &Cellular Proteomics 論文タイトル:GRable version 1.0: A software tool for site-specific glycoform analysis with improved MS1-based glycopeptide detection with parallel clustering and confidence evaluation with MS2 information 著者:Chiaki Nagai-Okatani*, Daisuke Tominaga, Azusa Tomioka, Hiroaki Sakaue, Norio Goda, Shigeru Ko, Atsushi Kuno, Hiroyuki Kaji*(*:責任著者) DOI:10.1016/j.mcpro.2024.100833
参考文献 1. Hiono T et al. Combinatorial Approach with Mass Spectrometry and Lectin Microarray Dissected Site-Specific Glycostem and Glycoleaf Features of the Virion-Derived Spike Protein of Ancestral and γ Variant SARS-CoV-2 Strains. J Proteome Res. 2024, 23(4):1408-1419. https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jproteome.3c00874 2. Narimatsu H et al. Current Technologies for Complex Glycoproteomics and Their Applications to Biology/Disease-Driven Glycoproteomics. J Proteome Res. 2018, 17(12), 4097–4112. https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jproteome.8b00515 3. Yamaguchi Y et al. Glycosylation of recombinant adeno-associated virus serotype 6. Mol Ther Methods Clin Dev. 2024, 32(2):101256. https://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S2329-0501(24)00072-X 4. Aoki-Kinoshita KF et al. The Human Glycome Atlas Project for cataloging all glycan-related omics data in human. Glycobiology, in press. https://doi.org/10.1093/glycob/cwae052