IA91株は、世界中の海洋や酸素のない環境に広く生息する”Marine Group A”と呼ばれるグループに属します。われわれは、約4年の歳月を費やして培養に取り組み、世界で初めてこのグループのバクテリアの純粋分離に成功しました。IA91株は、細胞の生存に直結する重要な細胞構成成分である細胞壁の合成を他のバクテリアに委ねることで、細胞の構築に必要なエネルギーを大幅に削減する生態を持つことを突き止めました。さらに、この新たなエネルギー節約術がMarine Group Aの共通の祖先にも備わっていたと推定され、エネルギー源の乏しい無酸素環境での生存に有効な性質であることが示唆されました。本成果は、分類階級「種」を大きく越えた「門」のレベルで新規なバクテリアの培養に成功したことで、深部地下のような極限環境で微生物がいかに生命を維持しているか、という根源的な問いの一端を明らかにしたものです。
研究の内容 今回、微生物同士の相互作用を活用した戦略的な培養手法により、国内の天然ガス田に由来する地下堆積物と地層水から新門バクテリアIA91株の培養に成功しました。IA91株の完全なゲノム配列の解析により、このバクテリアがMarine Group A(別名、SAR406、Ca. Marinimicrobia)と呼ばれる未培養のグループ(分類階級の「門」に相当)に属することが判明しました。産総研が新たな門を代表する基準株となるバクテリアを世界で初めて培養するのはこれで4例目となります(1〜3例目:2003年11月10日産総研プレス発表、2011年6月1日産総研プレス発表、2020年12月14日産総研プレス発表)。Marine Group Aは、1993年に遺伝子情報解析にてその存在が確認され、世界中の海洋や酸素のない環境(地下や堆積物環境)に広く生息することが知られています。しかし、このグループのバクテリアを実験室で培養した例はなく、遺伝子の発見から今回の培養株の獲得に至る約30年もの間、その生物学的特性は解明されていませんでした。
酸素呼吸に比べると、無酸素下(嫌気的な環境下)での発酵は、ごくわずかにしかエネルギーを獲得できない代謝様式です。地下圏のようなエネルギー源も乏しく酸素も利用できない環境に生息するバクテリア(つまりIA91株)にとって、上記のエネルギー節約術は、実環境下での生存に非常に有効であると考えられます。大規模ゲノム情報に基づいて進化系統的な解析を進めると、IA91株の持つMP拝借戦略は、この菌が属するMarine Group Aの共通祖先も有していた性質である可能性が示唆されます。Marine Group Aの進化の過程で、無酸素かつエネルギー源に乏しい環境に生息するグループは細胞壁の合成を他のバクテリアに依存してきた一方で、酸素呼吸能を獲得して有酸素環境に生息域を広げたグループは自身で細胞壁を合成する道を歩んできたと推察されます(図2)。