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国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
ギフチョウとヒメギフチョウの歴史的な分布拡大過程を高解像度な集団遺伝解析によって解明
【本研究のポイント】
・ギフチョウとヒメギフチョウの日本列島における遺伝的多様性をミトコンドリア遺伝子と核遺伝子を使って高解像度で分析した。
・ギフチョウとヒメギフチョウはそれぞれ90万年前と182万年前にその多様性が拡大したことを明らかにした。
・両種とも日本列島には6つ程度の集団が存在することを明らかにした。
・ギフチョウの分布拡大は少なくとも3回認められ、東海地方、中国地方、関東地方への分布拡大に特徴付けられた。これらは寄主植物に対する適応という過程を経たものと考えられ、1970年代に提唱された仮説を裏付けるものであった。
【研究概要】
東海国立大学機構 岐阜大学応用生物科学部の土田浩治教授・岡本朋子准教授・安藤正規准教授、高山市在住の昆虫愛好家の鈴木俊文氏、山形大学理学部の横山潤教授を中心とした研究グループは、全国のギフチョウ愛好家の協力のもと、ギフチョウとヒメギフチョウのDNAを使って、その遺伝的多様性を高解像度に分析しました。その結果、ギフチョウは90万年前、ヒメギフチョウは182万年前に種内の遺伝的多様性を拡大させたこと、特に、ギフチョウにおける分布拡大の過程を明らかにしました。
本研究成果は、 2023 年 6 月 30 日に生物地理学の国際誌である Journal of Biogeography 誌のオンライン版で発表されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202306286685-O7-pBaHd4lH】
図1. ミトコンドリア遺伝子(COI, COII, ND5, 2068bp)から推定されたギフチョウの分岐年代. ギフチョウは90万年前、ヒメギフチョウは182万年前に種内の多様性が拡大したと推定された. この時期はフォッサマグナで分断されていた本州が1つになった後の時期に相当する.
【研究背景】
日本固有種であるギフチョウは岐阜に由来する名前であり従来から多くの愛好家を魅了して来たチョウです。また、その寄主植物であるカンアオイも古くから植物愛好家を魅了しており、今日までに様々な地理的変異や分布などの情報が各地域の同好会誌を中心に記載されてきました。
植食性昆虫とその寄主植物の関係は、寄主植物が先に分化し、それを追いかける形で植食性昆虫が分化したと予想されてきました。ギフチョウでも、寄主植物が先に分化、その新しい寄主植物への転換 (host-shifting) により多様性を拡大させたと考えられて来ましたが、これまで未解明のままでした。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202306286685-O13-4D6DNT6b】
図2. ミトコンドリア遺伝子から推定された集団の分布拡大. 各数字はステップ数を示し, ステップ1が最も古い系統で, ステップ5が最も新しい系統. 矢印は新しく分布が拡大した地域を示している. ステップ2では東海地方への拡大, ステップ3では中国地方への拡大, ステップ5では関東地方への拡大が見て取れる. ステップ4の拡大は目立たない拡大であったので省略した.
【研究成果】
今回の分析にはミトコンドリア遺伝子と核遺伝子座に存在する 1187 と 635 の SNP 1) 遺伝子座をギフチョウとヒメギフチョウの分析に使いました。その結果、ギフチョウは 90 万年前、ヒメギフチョウは 182 万年前に種内の遺伝的多様性を拡大させたこと(図1)、特に、ギフチョウは少なくとも 3 つの地理的な方向に分化し、中国地方への拡大(ステップ3)と関東地方への拡大(ステップ5)が特徴的であることを明らかにしました(図 2 )。また、両種ともに6つ程度の遺伝的な集団に分かれることを明らかにしました(図 3 )。さらに、そのなかでもギフチョウの関東地方の遺伝的組成は他の個体群とは極めて異なっており、貴重な遺伝資源であることを明らかにしました。また、過去の昆虫愛好家による貴重な飼育記録を整理して統計的に分析し、東日本のギフチョウはミヤコカンアオイで飼育すると蛹化率が悪くなることから、ギフチョウの中国地方への分布拡大にはミヤコカンアオイへの適応が重要であったことを指摘しました。日本のカンアオイ類は、ギフチョウが種内の遺伝的多様性を拡大させた頃にはすでに分化を遂げていたことが明らかになっており、寄主植物が先に分化し、ギフチョウが新しい寄主植物への転換により多様化したとする 1970 年代に提唱された仮説が裏付けられました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202306286685-O12-DDfwEj72】
図3. SNP遺伝子の多様性から描かれた集団構造. 各棒グラフは縦軸が各個体を示しており, 横軸は各集団への帰属確率を示す. 例えば, 山形県と福島県のギフチョウは全て青色で示された集団に帰属する確率が高いが, 中部地方の個体は黄色の集団に帰属する確率が高い. Kは集団数を示しており, ギフチョウは4〜6集団, ヒメギフチョウは4〜5集団で帰属確率を計算した. アルファベットはミトコンドリア遺伝子から推定された集団である.黒色三角は放チョウの痕跡が認められた個体を示す.
【今後の展開】
本研究の成果は、植食性昆虫が寄主植物の分化の後、それに適応する形で進化することを日本列島という地理的なスケールで解明した研究であり、植物と昆虫との相互作用が形質進化や種分化に重要な役割を果たしていることを示す重要な発見であると考えられます。また、今回は人為的な放チョウの痕跡も検出する事に成功しており(図3 (a)黒三角)、この様な高精度の集団遺伝解析が様々な生態学的な疑問を解決するのに役立つことを示しています。
【用語解説】
1)SNP: Single Nucleotide Polymorphism (一塩基多型) ゲノム塩基配列中に見られる多型現象でこれまでのものより高精度な集団解析に使われる.
【論文情報】
雑誌名:Journal of Biogeography
論文タイトル:Expansion processes of two emblematic Luehdorfia butterflies across the Japanese archipelago
著者:鈴木就登(本学修了生)、鈴木俊文(高山市在住の昆虫愛好家)、澁谷祐輝(本学修了生)、後藤真里(本学卒業生)、横山潤(山形大学理学部教授)、加藤貴範(本学博士課程学生)、安藤正規(本学准教授)、岡本朋子(本学准教授)、土田浩治(本学教授)
DOI:10.1111/jbi.14682
【研究者プロフィール】
土田浩治教授・岡本朋子准教授・安藤正規准教授は本学応用生物科学部生産環境科学課程に所属する教員で、それぞれ、昆虫の集団構造の分析、昆虫と植物間相互作用の解明、野生動物と生息地環境との相互作用の解明を行っている。鈴木俊文氏は高山市在住の昆虫愛好家であり、現地でギフチョウの保全活動を主導している。横山潤教授は山形大学理学部所属であり植物とそれを取り巻く生物相の多様性に関する研究を行っている。