悪性神経膠腫を含め,悪性腫瘍患者では10-20%の割合で静脈血栓塞栓症を合併すると言われています。悪性神経膠腫における静脈血栓塞栓症の危険因子として,年齢・下肢麻痺・腫瘍のサブタイプなどが報告されていますが,そのメカニズムについては不明な点が多いです。本研究グループは既に,悪性神経膠腫術後の静脈血栓塞栓症は,腫瘍細胞中のPDPNが高頻度に発現されるIDH野生型悪性神経膠腫で多く,PDPNが静脈血栓塞栓症の危険因子となり得ることを報告しています(Watanabe et al. World Neurosurgery, 2019)。PDPNは血小板に発現しているCLEC-2受容体と結合することで血小板凝集を誘導することが既に知られています。血小板活性が高い状態では血漿中の可溶型CLEC-2値が高く,血栓形成において重要な役割を担っていると考えられています。可溶型CLEC-2は血小板活性と同時に血液中に放出され,血小板活性の重要なバイオマーカーの一つとして知られており,様々な疾患(血栓性細小血管症,播種性血管内凝固症候群,急性冠症候群および急性虚血性脳卒中)で上昇することが報告されています。しかし,可溶型CLEC-2値と腫瘍細胞中のPDPN発現量との相関関係については報告がありません。本研究では,悪性神経膠腫における可溶型CLEC-2値と腫瘍細胞中のPDPN発現,さらには静脈血栓塞栓症合併との相関関係を明らかにし,血栓形成の病態生理についても解明しました。
Ⅱ.研究の概要・成果
2018年4月から2020年8月までに新潟大学脳研究所脳神経外科で手術介入を行ったWorld Health Organization (WHO) グレード3以上の悪性神経膠腫44症例を対象とし,IDH野生型群35例とIDH変異型群9例とで比較検討を行いました。静脈血栓塞栓症合併の診断にはDダイマー値を用いました。本研究グループは以前,開頭術後に合併する静脈血栓塞栓症スクリーニングにおいてDダイマーが有用であることを報告しています(Natsumeda et al. World Neurosurgery, 2018)。血液中の可溶型CLEC-2の測定にはLSIメディエンス社製の専用enzyme-linked immunosorbent assay(ELISA)キットを使用しました。また,CLEC-2は血小板に発現しているため,血小板数に影響を受ける可能性があり,可溶型CLEC-2値を血小板数で割った値をC2PAC 指数として定義し,比較を行いました。なお,比較の対照群には悪性脳腫瘍以外の手術症例や健常ボランティアの結果も加えました。
論文タイトル:Elevated ratio of C-type lectin-like receptor 2 level and platelet count (C2PAC) aids in the diagnosis of post-operative venous thromboembolism in IDH-wildtype gliomas