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帝京大学
グルコセレブロシダーゼによる植物の新しい乾燥耐性機構を解明
【ポイント】
〇今まで植物において知られていなかったグリコシドハイドロラーゼファミリー1に属するグルコセレブロシダーゼ(GH1グルコセレブロシダーゼ)が種子植物に幅広く存在することを見出し、湿地に広く生育するコケやシダ植物ではなく、種子植物の乾燥耐性に重要な役割を担っていることが示唆された。
〇GH1グルコセレブロシダーゼが活性化すると、気孔を閉鎖させるシグナル因子である長鎖塩基-1-リン酸を誘導し、気孔を閉じ水分の蒸散を防ぐことによって、乾燥耐性を導くことを明らかにした。これは、アブシジン酸が関与しない新しい乾燥耐性機構であることが示された。
【概要】
帝京大学理工学部バイオサイエンス学科教授 古賀 仁一郎、同講師 宮本 皓司、同先端機器分析センター技術職員 湯本 絵美らの共同研究グループは、植物が持つ新しい乾燥耐性機構を解明しました。
グルコセレブロシダーゼはグルコシルセラミドをセラミドに変換する酵素であり、動物においては、がん細胞のアポトーシス誘導、免疫系の制御などに関与し、生理的に重要な役割を担っていることが知られています。一方、植物においては、グルコセレブロシダーゼについての知見は非常に少なく、その生理的な役割も明らかにされていませんでした。
乾燥状態になると、植物ホルモンであるアブシジン酸が誘導され、葉の気孔を閉じ水分の蒸散を防ぐことによって、植物の乾燥耐性を導くことが知られています。本研究では、グリコシドハイドロラーゼファミリー1に属する全く新規のグルコセレブロシダーゼ(GH1グルコセレブロシダーゼ)がイネに存在することを見出しました。さらに、そのGH1グルコセレブロシダーゼが活性化すると、気孔を閉鎖させるシグナル因子である長鎖塩基-1-リン酸を誘導し、アブシジン酸非依存的に葉の気孔の閉鎖することによって、乾燥耐性を導くことを明らかにしました。系統樹解析と酵素学的解析から、GH1グルコセレブロシダーゼは種子植物に幅広く存在し、その活性は種子植物特有の組織である花粉や葯には極めて高く認められたにもかかわらず、湿地に広く生育するコケやシダ植物にはわずかにしか認められませんでした。この結果は生態系においても、グルコセレブロシダーゼが種子植物の乾燥耐性において重要な役割を担っていることを裏付けるものであると考えられます。
本研究の成果は、2021年10月29日付で米国科学雑誌「Journal of Biological Chemistry」に掲載されました。
【研究背景と内容】
グルコセレブロシダーゼはグルコシルセラミドをセラミドに変換する酵素であり、動物においては、がん細胞のアポトーシス誘導、免疫系の制御などに関与し、生理的に重要な役割を担っています。遺伝的にグルコセレブロシダーゼが欠損している病気をゴーシェ病と呼び、肝臓や脳、骨などの各臓器に異常をきたすことが知られています。一方、植物においては、グルコセレブロシダーゼについての知見は非常に少なく、その生理的な役割も明らかにされていませんでした。
2020年にWangらは、イネ由来のOs3BGlu6酵素を遺伝的に欠損させると、葉の気孔が開き、乾燥耐性能力が著しく低下すること、さらには、そのOs3BGlu6遺伝子をOs3BGlu6酵素欠損イネに復帰させると、葉の気孔が閉じるようになり、乾燥耐性能力が復活することを見出しました。このことから、Os3BGlu6酵素が葉の気孔の閉鎖を誘導し、イネの乾燥耐性を導くと結論付けました※1。しかしながら、Os3BGlu6酵素の生化学的な機能は不明なため、Os3BGlu6酵素による乾燥耐性機構は明らかにされていませんでした。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202112024320-O5-iahH7a1x】
一方、古賀らは、いもち病菌由来のグルコシルセラミドがイネの病害抵抗性を誘導し、過敏感細胞死とともに、いもち病菌に対する抗菌物質であるファイトアレキシンを生産することを明らかにしていました※2,3。植物においてはセラミドが過敏感細胞死を引き起こし、病害抵抗性を誘導するという報告があったため※4、「イネにグルコセレブロシダーゼが存在し、いもち病菌由来のグルコシルセラミドをセラミドに変換し、生成されたセラミドが病害抵抗性を誘導する」という仮説を立てました。
この仮説通り、イネにはグリコシドハイドロラーゼファミリー1に属する全く新規のグルコセレブロシダーゼ(GH1グルコセレブロシダーゼ)が存在しており、その酵素を精製し同定したところ、Os3BGlu6酵素であることが判明しました。この事実から、GH1グルコセレブロシダーゼが葉の気孔の閉鎖を誘導し、イネの乾燥耐性を導くことが明らかになりました。
乾燥状態になると、植物ホルモンであるアブシジン酸が生産され、アブシジン酸がスフィンゴシンキナーゼを活性化し、スフィンゴシン-1-リン酸やフィトスフィンゴシン-1-リン酸などの長鎖塩基-1-リン酸をシグナル因子として誘導します。さらに、葉の気孔を閉じ水分の蒸散を防ぐことによって、植物の乾燥耐性を導くことが知られています(図1)※5。そこで、この知見と本研究で明らかにした「GH1グルコセレブロシダーゼが葉の気孔の閉鎖を誘導し、イネの乾燥耐性を導く」という知見を組み合わせ、「グルコセレブロシダーゼが葉の気孔を閉鎖するシグナル因子である長鎖塩基-1-リン酸を作る」という仮説を立てました。その理由として、長鎖塩基-1-リン酸はグルコセレブロシダーゼにより生成されるセラミドから2段階の酵素反応を経て生成されるからです(図1)。そして、その仮説通り、GH1グルコセレブロシダーゼはスフィンガジエニンからなるセラミド、さらにはその代謝産物であるスフィンガジエニン-1-リン酸(長鎖塩基-1-リン酸の一種)の量をアブシジン酸非依存的に制御していることが明らかになりました(図1)。
系統樹解析と酵素学的解析から、GH1グルコセレブロシダーゼは種子植物に幅広く存在し(図2、3)、その活性は種子植物特有の組織である花粉や葯には極めて高く認められたにもかかわらず、湿地に広く生育するコケやシダ植物にはわずかにしか認められませんでした(図3)。この結果は生態系においても、グルコセレブロシダーゼが種子植物の乾燥耐性において重要な役割を担っていることを裏付けるものであると考えられます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202112024320-O4-zwHBgZ7u】
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202112024320-O6-6cS76t5l】
※1 Wang, C., Chen, S., Dong, Y., Ren, R., Chen, D., and Chen, X. (2020) Chloroplastic Os3BGlu6 contributes significantly to cellular ABA pools and impacts drought tolerance and photosynthesis in rice. New. Phytol. 226, 1042-1054
※2 Koga, J., Shimura, M., Oshima, K., Ogawa, N., Yamauchi, T., and Ogasawara, N. (1995) Phytocassanes A, B, C and D, novel diterpene phytoalexins from rice, Oryza sativa L. Tetrahedron 51, 7907-7918
※3 Koga, J., Yamauchi, T., Shimura, M., Ogawa, N., Oshima, K., Umemura, K., Kikuchi, M., and Ogasawara, N. (1998) Cerebrosides A and C, sphingolipid elicitors of hypersensitive cell death and phytoalexin accumulation in rice plants. J. Biol. Chem. 273, 31985-31991
※4 Liang, H., Yao, N., Song, J. T., Luo, S., Lu, H., and Greenberg, J. T. (2003) Ceramides modulate programmed cell death in plants. Genes Dev. 17, 2636-2641
※5 Ng, C. K., Carr, K., McAinsh, M. R., Powell, B., and Hetherington, A. M. (2001) Drought-induced guard cell signal transduction involves sphingosine-1-phosphate. Nature 410, 596-599
【成果の意義】
今回の研究で、GH1グルコセレブロシダーゼによるアブシジン酸非依存的な新しい乾燥耐性機構がイネにおいて見出されました。将来的には、グルコセレブロシダーゼの発現量を人為的にコントロールすることによって、砂漠を緑地化するために必要な乾燥耐性度の高い植物の作出が期待されます。
【論文情報】
雑誌名: Journal of Biological Chemistry
論文タイトル: Sphingadienine-1-phosphate levels are regulated by a novel glycoside hydrolase
family 1 glucocerebrosidase widely distributed in seed plants.
(スフィンガジエニン-1-リン酸レベルは、種子植物に広く分布している新規グリコシド
ハイドロラーゼファミリー1グルコセレブロシダーゼによって制御される)
DOI番号: https://doi.org/10.1016/j.jbc.2021.101236
【著者・所属】
Jinichiro Koga※, Makoto Yazawa, Koji Miyamoto, Emi Yumoto, Tomoyoshi Kubota, Tomoko Sakazawa, Syun Hashimoto, Masaki Sato, and Hisakazu Yamane (※責任著者)
古賀 仁一郎(帝京大学理工学部バイオサイエンス学科 教授)
矢沢 誠(帝京大学理工学研究科 修士課程2年生*)
宮本 皓司(帝京大学理工学部バイオサイエンス学科 講師)
湯本 絵美(帝京大学先端機器分析センター 技術職員)
窪田 朋義(帝京大学理工学研究科 博士課程2年生)
酒澤 智子(帝京大学理工学部バイオサイエンス学科 技術職員)
橋本 峻(帝京大学理工学部バイオサイエンス学科 4年生*)
佐藤 匡城(帝京大学理工学研究科 修士課程2年生*)
山根 久和(帝京大学理工学部バイオサイエンス学科 教授*)
*研究当時の所属
【用語解説】
グルコセレブロシダーゼ;
グルコシルセラミドをセラミドに変換する酵素であり、動物においては、生成されるセラミドが、がん細胞のアポトーシス(細胞死)誘導、免疫系の制御などに関与し、生理的に重要な役割を担っている。遺伝的にグルコセレブロシダーゼが欠損している病気をゴーシェ病と呼び、肝臓や脳、骨などの各臓器に異常をきたす。一方、植物でのグルコセレブロシダーゼの役割は本研究で解明されるまでは不明であった。
グルコシルセラミド;
スフィンゴシン塩基、脂肪酸、グルコースからなる複合脂質であり、動物細胞の増殖や分化を制御する働きがある。動物に摂取させると、肌の炎症予防作用、大腸がん予防作用があるが、植物での働きはほとんど知られていない。
長鎖塩基-1-リン酸;
セラミドの代謝産物であり、スフィンゴシンキナーゼによりスフィンゴシンから生成される。スフィンゴシン-1-リン酸、フィトスフィンゴシン-1-リン酸、スフィンガジエニン-1-リン酸などがある。植物においては、シグナル因子として作用し、葉の気孔を閉じ水分の蒸散を防ぐ働きがある。
アブシジン酸;
植物ホルモンの一種で、休眠や生長抑制、気孔の閉鎖などを誘導する。また乾燥などのストレスに対応して、スフィンゴシンキナーゼを活性化させ、スフィンゴシン-1-リン酸やフィトスフィンゴシン-1-リン酸などの長鎖塩基-1-リン酸をシグナル因子として誘導し、葉の気孔を閉じ水分の蒸散を防ぐ働きがある。
Os3BGlu6酵素;
イネに存在し、その遺伝子配列と生理的な機能(葉の気孔を閉じ水分の蒸散を防ぐ)が明らかにされているβ-グルコシダーゼ。本研究で解明されるまではその生化学的機能は不明であり、どのような種類の基質に反応する酵素であるかが明らかにされていなかった。