概要
 メレンゲやシェービングクリーム、洗剤、断熱材といった日常品の多くに、液体と気泡が混合した泡沫とよばれる状態がよく使われています。この泡沫は気体と液体から構成されているにもかかわらず、3次元的な構造を保つという固体的な性質も持つため、幅広い分野に応用されている産業的に重要な技術です。この泡沫に力を加えると、内部の構造が大きく変化するため、伸びたり凹んだりなどの硬い金属とも異なる力学応答を示します。どのように内部の構造が変化するか、どの要素が重要なのかを解明することは重要な課題です。
 東京都立大学大学院理学研究科の柳沢直也大学院生(日本学術振興会特別研究員DC2)、栗田玲教授らの研究グループは、泡沫に少量の水を加えたときの内部構造が変化する様子(構造緩和)を観察し、気泡の大きさのばらつきによって、構造緩和の仕方が大きく変わることを発見しました。
このような緩和過程は、泡沫の力学物性に深く関わっています。シェービングクリームなどの泡沫の塗り広げやメレンゲなどの食感といった日常的な応用だけでなく、消火剤の噴出といった災害関連分野まで広い範囲にわたって応用されることが期待されます。一方で、この緩和過程はジャミング(注1)と呼ばれるガラスの分野にも深く関わっています。今回の研究成果は、泡沫の応用を広げるだけでなくガラス分野の研究発展にもつながる重要な発見であるといえます。

ポイント
1. 泡沫に力を加えるとどのように構造緩和(内部の構造変化)するか、どの要素が重要なのかを解明することは重要な課題だった。
2. 気泡のサイズのばらつきによって、構造緩和の仕方が大きく変わることを発見した。さらに、接触している気泡の数や配置よりも、中距離の構造が、構造緩和に大きく関わっていることを明らかにした。
3. 食料品、化粧品、洗剤、消火剤への応用だけでなく、ガラス分野の研究発展への貢献が期待される。

■本研究成果は、2月2日付けでNature Publishing Groupが発行する英文誌Scientific Reportsに発表されました。本研究の一部は、学術振興会科学研究費補助金(特別研究員奨励費No. 20J11840および基盤B No. 20H01874)の支援を受けて行われました。

研究の背景
 液体中に気泡をどんどん詰めていくと、気泡同士が接触した泡沫と呼ばれる状態になり、食料品、化粧品、洗剤といった日常でよく使われているほかに、乾燥を防ぐといった泡沫の性質を利用している動物も存在します。このように有用性が高いにも関わらず、泡沫の特性はあまりよくわかっていません。その理由として、泡沫の性質は液体量、界面活性剤の種類、気泡の大きさ、気泡の大きさのばらつき、粘性など多くの要素が関わっていることがあげられます。この泡沫に力を加えたときの内部の構造変化(構造緩和)は、伸びたり凹んだりなどの力学応答に関わっているため、重要なことです。しかしながら、内部構造を観察しながら力を加えるということが難しかったため、どの要素によって主に内部の構造が変化するのか、どのように変化するのかは解明されていませんでした。
 今回、観察しやすい2次元泡沫に力の代わりに水を加えて変化を促すという新しい手法によって、構造緩和の仕方について詳しく調べ、解明することを目指しました。

研究の詳細
 研究グループは、界面活性剤溶液(注2)にポンプから気泡を打ち込み、泡沫を作成しました。その泡沫を平行板で挟み込んだ2次元的な泡沫に外側から水を加え、その後の構造緩和の様子をカメラを用いて観察しました(図1(a))。泡沫に水を加えることで、泡沫が安定状態(図1(b))から少しだけずれるため(図1(c))、新しい安定状態へ変化しようとします(図1(d))。この変化は外力を加えて内部の構造を強制的に変化させた時の構造緩和に対応しています。

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図 1 (a) ガラスに挟まれた泡沫に水を加えて構造緩和を観察。(b) 水を加える前の自由エネルギーと泡沫の状態(赤点)。(c) 水を加えたことで自由エネルギーが変化し、(d) 別の安定点に状態が変化していく。
 
 その結果、外側から水を加えてからしばらく経った後(水を加えた影響が充分になくなった後)でも内部で構造緩和する様子が観察されました。図2は内部の気泡が構造緩和した時の気泡の移動を赤矢印で表しています。図2左は気泡のサイズが揃っている時で、協同的に気泡の動きが揃っている、もしくは、反対になっている様子(スリップ緩和)がわかります。一方、気泡のサイズがバラバラの時、気泡の動きはランダムになっている様子(ランダム緩和)が観察されました。このように内部構造緩和は気泡サイズのばらつきに大きく依存することがわかりました。
 また、図2の気泡の色は、気泡が接触している気泡数によって変えています。(接触している気泡が3個はオレンジ、4個は黄色、5個は緑、6個は青、7個はピンクです。)この接触している気泡の数の平均は気泡のサイズのばらつきにほとんど依存しないことがわかりました。一方、少し離れた粒子も含めた構造を見ると、気泡のサイズが揃っているときは蜂の巣構造が多いことがわかります。これらのことから、構造緩和はこれまで接触している気泡数が重要と言われてきましたが、接触している気泡数よりも中距離の構造の方が重要であることもわかりました。
 また、液体の量を変えて実験を行ったところ、液体量が増えると、構造緩和の特徴的な長さや時間が増大していくことがわかりました(図3)。この特徴的な長さや時間の増大は気泡のサイズのばらつきには関係しないことも明らかになりました。これらの結果は、ガラス分野におけるジャミング転移と呼ばれる現象のシミュレーション結果と一致しています。これまで、ジャミング転移点近くの実験は数少なかったため、今回の成果はガラス分野にとっても重要な結果となっています。

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研究の意義と波及効果
 今回の研究では、泡沫の構造緩和を力ではなく、水を加えることで引き起こし、構造緩和の観察に成功しました。構造緩和の様子は気泡のサイズのばらつきに依存し、ばらつきが小さいときはスリップ緩和、大きいときはランダム緩和になることがわかりました。この違いは、接触している気泡の数ではなく、中距離の構造が重要になっていることもわかりました。以上から、泡沫の力学特性は気泡のサイズのばらつきが重要であることが示唆されました。
 泡沫は、食料品や化粧品、洗剤、断熱材といった日常的によく見かけることができる状態です。また、泡沫は断熱性といった気体の性質と拡散という液体的な性質、構造を支える固体的な性質をあわせ持ち、産業的にも重要です。
 本研究成果により、泡沫の力学特性に対する理解が産業への応用につながることが期待できると考えています。また、泡沫だけでなくガラス分野にとっても重要な成果が得られ、ガラス分野の研究発展にもつながることが期待されます。

 
【用語解説】
専門用語の解説
(注1)ジャミング
泡沫やエマルジョン、砂や小麦粉といった粉体などにおいて、それらを構成する粒子(泡沫の場合は気泡)をどんどん詰めていくと、粒子の密度のあるしきい値を境にして、流体的ふるまいから固体的ふるまいに物性が変化する。この粒子の密度による状態変化は、ジャミング転移と呼ばれ、ジャミング転移点近傍では、臨界的性質が観察されることが近年明らかになりつつある。ジャミング転移は液体-固体転移と似た転移がみられることも知られているため、ガラス転移との関係についての研究も盛んに行われている。

(注2)界面活性剤
親水基と疎水基の両方をもった分子からなる物質の総称です。水と油などの界面張力を下げることで、通常混ざり難いものを混ぜ合わせる効果があります。せっけん・洗剤や食品(マヨネーズやアイスクリーム)などをはじめとして、身近な様々なところで使われています。

【発表論文】
“Size distribution dependence of collective relaxation dynamics in a two-dimensional wet foam”
Naoya Yanagisawa and Rei Kurita
Scientific Reports(2021)
DOI: 10.1038/s41598-021-82267-4

情報提供元: PRワイヤー
記事名:「 泡沫の特性が構造によって変化することを発見 〜泡沫の物性制御とその応用に期待〜