これらの結果は、COMT遺伝子多型が言語機能に影響を与えることを示していると同時に、その影響が、6~10歳という狭い年齢範囲において変化することを示唆しています。前頭前野のドーパミン量と認知課題の成績の間に「逆U字関係」があるとする仮説(Goldman-Rakic et al., 2000)がありますが、本研究の結果はこの仮説を支持するものと考えられます。また、この「逆U字関係」を支持する先行研究では、老化に伴う前頭前野のドーパミン量の減少が認知機能を低下させることを報告しています(図4、Nagel et al., 2008)。
一方で、ドーパミンの働きを高める薬物を投与すると、ワーキングメモリ課題の成績が悪かったVal群は成績が良くなるのに対し、良い成績を示していたMet群は成績が悪くなることが報告されています(Mattay et al., 2003)。これらの結果は、ドーパミンは欠乏しても、多すぎても課題の遂行に支障をきたし、前頭前野が効率的に機能するのに「最適なレベル」のドーパミン量があることを示唆しています。
本研究では、言語調査の成績は、低学年ではMet群が優位であったのに対し、高学年では両群の差がなく、また単語復唱時の脳活動は、低学年では両群に差がなかったのに対し、高学年ではMet群よりもVal群の方が低く、処理の効率が良いことが示されました。どちらの結果も、Met群に対してVal群の相対的な位置づけが学年とともに向上していることを示しています。従来の研究結果と併せて考えますと、低学年では、Val群よりもMet群の方がドーパミンの利用効率が高いために、言語機能の発達が進んでいる可能性が考えられます(図5の左図)。しかし、思春期直前期におけるドーパミンD1受容体の増加が示唆されていることから(Koga et al., 2016;Weickert et al., 2007)、高学年になると、Val群のドーパミンの利用効率が向上し、Met群と同程度に言語機能が向上すると考えられます(図5の右図)。
ドーパミンは大脳皮質の中では前頭葉に最も多く分布することから、従来のCOMT遺伝子多型に関する研究は、前頭葉機能との関連性ばかりに注目していました。しかし、本研究により、COMT遺伝子多型の影響は、前頭前野に限らず、広範な脳領域に及ぶことが示唆されました。近年、COMT遺伝子多型がデフォルトモード・ネットワーク(default mode network:DMN※) の活動性に関係することが報告されています(Stokes et al., 2011)。本研究では、COMT遺伝子の影響が前頭葉では見られず、後部言語野でのみ認められたこと、また、従来の研究でCOMT遺伝子の影響が多く確認されている前頭前野も、本研究でCOMT遺伝子の影響が確認された後部言語野の一部もDMNに含まれる脳領域であることから、COMT遺伝子は前頭前野に直接的に影響を及ぼすとは限らず、DMNに影響を及ぼす可能性が考えられます。