比較的規模の大きい企業に勤めている会社員の方々は、企業型確定拠出年金に加入していると思われるので関心が薄いかもしれない。
2017年1月から、現役世代の大多数が個人型確定拠出年金に加入できるようになった。
個人型確定拠出年金(個人型DC)の制度拡充については、2016年5月に確定拠出年金法の改正案が可決され、マスメディアでも数多く取り上げられ、個人型DCにiDeCo(イデコ)という愛称がつけられた。
でも、この愛称が一般的に普及しているとは言い難いのは残念である。
なかなか普及が進まない個人型DCの加入実態や知られざる大きな問題について
今回の個人型DC制度の改正内容では、「企業年金がない中小企業へのDC普及・拡大(簡易型DC制度の創設)」、「資産運用の改善」そして「国民のライフプラン多様化への対応」が大きなポイントだが、とりわけ「ライフプラン多様化への対応」の一環として実施される「個人型DCの加入対象の拡大」がもっとも注目されるといえよう。
個人型DCは、主に個人事業主の人たちの老後資産形成を目的としており、原則60歳になるまでは年金資金を受け取れない代わりに、手厚い税制優遇措置を有するのが最大の特徴だ。
個人型DCは、これまでも約3,700万人が利用できる制度であったが、制度拡充後の2017年1月からは6,000万人以上の人が対象となる見込みである。
本コラムでは、なかなか普及が進まない個人型DCの加入実態や、企業型と個人型DC制度の狭間で発生している、知られざる大きな問題について取り上げてみたいと思う。
日本の確定拠出年金は「個人型」と「企業型」に大別できる
そもそも、日本の確定拠出年金は米国の内国歳入法401条(K)項を参考として制度設計されているため、日本版401Kとも呼ばれている。
尚、「確定拠出 Defined Contribution」というのは、老後に備えて積み立てる金額のみが確定しており、将来の受取額は不確定であることを意味する。
一方で、将来の受取額を確定している企業年金のような仕組みを、「確定給付 Defined Benefit」という。
日本の確定拠出年金は、個人が自ら選んで加入する「個人型」と、勤め先が退職金退職制度の一つとして導入する「企業型」に大別することができる。
「宙に浮いたDC」の加入者数が57万人も発生
2016年まで、個人型DCに加入できるのは、「自営業者」と「企業年金制度のない会社員」のいずれかであった。
このうち後者の加入経緯をみると、自ら新規加入してくる人より、転職・退職に伴い勤務先の企業型DCの資産を個人型DCへ移してくる人、つまり「移換加入者」が多数を占めている。
転職先に企業型DCが無い場合、個人型DCに加入することにより、それまで積み立てた年金資産を個人型DCへ移して資産運用を継続するとともに、追加の掛金を拠出することができるのだ。
しかしながら、企業型DCから個人型DCへ資産を移換するためには、加入者自身が手続きを行わなければならないことはほとんど知られていない。
つまり、多くの移換対象者が個人型DCへの移換手続きを行っていないというが実態なのだ。
自動移管を知らない人が多い現実
移換手続きを行わず6か月間放置していると、DC資産は個人型DCの運営母体である、国民年金基金連合会に自動的に移換(これを「自動移管」という)されてしまう。
自動移換されるまで手続きをせずそのまま放置してしまう人が多い背景には、DC資産は60歳になるまで原則引き出すことができないことや、移換手続自体が面倒であること、また積み立てたDC資産が少額だから関心に値しないなどの事情があるのだろう。
しかし筆者は、会社を離職・転職する人の大半が「移換手続きが必要であることすら知らない」ことが、自動移管者を増加させているより大きな要因だと考えている。
自動移換されてしまう人のことを「DC難民」または「401K難民」と呼ぶ
意図しないうちに自分自身のDC資産が自動移換されてしまう人のことを、業界では「DC難民」とか「401K難民」などと呼んでいるそうだ。
このDC難民つまり「宙に浮いたDCの加入者」の数は、2016年3月末時点で56.7万人、資産額では約800億円と試算される一方で、朝日新聞の調査では、2016年末でその資産額が1,400億円を超えるとも報道されている。
正規の加入者数(25.8万人)および運用指図者数(47.0万人)を圧倒的に上回っているというのは驚きだ。
まさに、DC難民が個人型DC加入者の多数派を形成している状況といえよう。尚、運用指図者とは、DCにおいて掛金の拠出がなく、運用指図のみを行う人を指す。
自動移換者は、適切に手続きを行っていれば、加入者あるいは運用指図者になるはずだった。
個人型確定拠出年金の普及がいっこうに進まないのは、国民のDCに対する無関心を放置してきたことが一番の要因といえるだろう。
DC資産が自動移換されてしまうと、
・ 掛金の積み立てができず所得控除の税制メリットを享受できなくなる
・ 資産運用(主に投資信託で)ができなくなる
・ 月額51円(年間612円)の手数料が年金資産から差し引かれ続ける
などのデメリットが生じてしまうので、このような状態をそのまま放置することは避けたいところだ。
気づいた時点で個人型DCへ加入
自動移管者が不利な状況から脱するには、気づいた時点で個人型DCへ加入すればいい。
加入するには、窓口となる受付金融機関(証券会社や銀行など)から申込書類を入手し手続きをする必要があるが、金融機関のコールセンターで事情を話せば丁寧に対応をしてくれる。
すでに述べた通り、DC難民が多数発生する事態が生じているのは、「自動移換の仕組み自体が、あまりにも知られていないため」だ。
自動移換されないためには、移換対象者が自ら手続きを行う必要があるが、そのことを知る機会としてまず考えられるのは、転職・退職の際、勤務先から案内を受ける時点である。
しかし、退職時に様々な手続きを行う必要がある中で、DC資産の移換手続きはおざなりにされてしまうことが多い。
退職者の諸手続き、金融機関の周知活動などに問題
なぜなら、人事担当者がDC資産の移換手続きについてあれこれ指南することは、退職して社外に出ていく者の今後の老後資産形成に対し余計な口出しをすることになるので、企業としても対応がし難いという事情もあるからだ。
しかし、DC難民増加の理由は、退職者の諸手続きに対応する企業だけに問題があるとは限らない。
企業型DCでは、「運営管理機関」と呼ばれる金融機関がその運営を実質的に担っている。
そうであるならば、金融機関がDCを運営するサービスの一環として、個人型DCへの移換手続きを積極的に周知すべきであると筆者は思う。
でも、金融機関が積極的な周知活動をしているとは到底言い難い。
個人型DCの加入者を獲得しようとする金融機関は少ない
2001年のDC制度発足以来、大手の金融機関は企業型DCの獲得に注力し、個人型DCにはあまり力を入れてこなかった。
個人型DCは、あくまで企業型DCに加入できない人たちを「救うための受け皿」に過ぎないとの認識であり、積極的に個人型DCの加入者を獲得しようとする金融機関は少なかった。
もちろん、インターネット専業の証券会社は大手4社を中心に個人型DCビジネスにも力を入れているが…。
メガバンクをはじめ大手の金融機関が個人型DCの推進・獲得に積極的ではない最大の理由は、個人型DCは「ビジネスとして儲からない」と考えられているからだろう。
儲からないからこそ、あえて移換対象者への周知が不足するのだ。
NISA(少額投資非課税制度)と比較
個人型DCを、金融機関が口座獲得に力を入れているNISA(少額投資非課税制度)と比較してみる。
NISAも個人型DCと同じく税制メリットの大きい資産形成手段の一つだが、NISAは株式や投資信託への投資で年間120万円まで(累計では600万円まで)のまとまった資金を運用することが可能である。
よって、金融機関側からすれば、NISAは運用資産残高が比較的早期に積み上っていくため、短期的な収益につながる金融商品といえるだろう。
一方の個人型DCは、月額数万円の掛金をコツコツ積み立てる制度であり、資産残高が短期間に積み上がるわけではない。
そのため、収益に結び付くまで、10~20年以上といったかなりの時間がかかる。
また、個人型DCにおいては、投資初心者が多いせいか、加入者が投資信託で運用する比率はまだまだ低く、定期預金や保険商品など金融機関にとってほとんど収益があがらない商品が選択されることが多いと思われる。
さらに、個人型DCは現役世代層が主なターゲットとなるため、金融機関が主要顧客としているリタイアメント層(まとまった金額の退職金を受け取ったシニア層や、金融資産を多く保有する資産家層)向けのビジネスモデルとの乖離も大きい。
DCで必要となる長期投資の視点が、金融機関各社にも求められている
したがって、金融機関が個人型DCのシェア拡大に積極的に取り組むためには、短期的な収益獲得から切り離して判断することが必要になる。
個人型DCの獲得は、当面は「顧客の基盤拡大」を目的として将来を見据えた長期投資と割り切る判断が求められるだろう。
現在でも、個人型DCに積極的に取り組んでいる金融機関は、リテール戦略を重視する一部の「銀行」や個人顧客基盤の拡大がつねに求められる「ネット系証券」が主体となっている。
まさに確定拠出年金で必要となる長期投資の視点が、金融機関各社にも求められているのだ。
最後に
転職や独立をするなど、会社を中途退職するケースが当たり前になってきた現在、どんな職業や立場(専業主婦・主夫であっても)にあっても、企業型・個人型のいずれかのDC制度に途切れることなく加入(年金のポータビリティーという)し続けて、老後のための資産形成を継続的に行える仕組みになったことは、現役世代の皆さんには非常に喜ばしいことだ。
ただし、離職・転職をした際に、DC資産の移管手続きが必要であることは是非知っておきたい。
不利益ばかりを被るDC難民には決してなってはならないのだ(執筆者:完山 芳男)
情報提供元: マネーの達人