先進国で唯一、国民皆保険制度がない国「アメリカ」
日本では、健康保険証を医療機関に出せば、総医療費の3割分を窓口で支払うだけでよく、医療費負担が軽くなっています。ただし、保険診療以外は自己負担となります。自由診療と呼ばれるものです。
アメリカの医療費は全部実費請求、すべてが「自由診療」だと思ってください。
アメリカの「医療保険」とは…
アメリカ国民は、医療に掛かる費用を軽減するため、医療費の一部が給付される民間の保険に加入します。これがアメリカで言う「医療保険」です。強制ではなく任意です。
日本での医療保険とは性質がまったく異なります。
皆保険制度は「ユニバーサルヘルスケア」と呼ばれますが、日本とアメリアの制度はまったく違います。
保険料が高い
医療保険で保険料が給付される治療は限られていて、医療保険に入っていても、高額な医療費になることが多いのです。
これがアメリカの医療制度です。
アメリカの個人破産の60%以上は医療費関係
あくまでもネット情報ですが、
・ 骨折で手術を受け1日入院した場合で1万5,000ドル(日本円では165万円)
・ 貧血で2日入院した場合で2万ドル(日本円で220万円)
・ 自然気胸の治療(手術なし)で6日入院した場合で8万ドル(日本円で880万円)
・ 内視鏡手術の不手際による腸内出血で5日間入院で25万ドル(日本円で2,750万円)
の請求がなされた事例もあるとあります。*1USドル=110円(2017.4.4現在)
病院へ行けない現実
医療費には「ドクターフィー(診療報酬)」があり、担当する医者によって値段が違います。
高額な医療費が払えないので医療機関にかかるのを躊躇し、命を落とすケースが多いようです。
マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画「シッコ」は、アメリカの医療実体を真正面から捕らえた映画で、その映画では、怪我をしたところを自分で針と糸で縫うシーンが出てきます。
病院に行かない、いや行けないのです。
薬代も高い
薬の費用も高い。少しの薬を処方してもらうだけでかなりのお金がっかり、ひとつの錠剤をカッターで4等分して飲んでいるというシーンもありました。
製薬業界は、いまや強力な政府への圧力団体となっています。製薬業界の圧力は国をも動かします。
TPP交渉における裏で、知的財産権にアメリカが強くこだわっていたのも、製薬業界からの圧力です。新薬特許期間の延長要求です。
国民の医療費負担、薬剤費負担なんて関係ありません。これがアメリカ医療の実体です。
お金がないと病院にも通えない
高度治療の対価として正当な金額を受け取る、言い換えれば、
費用負担に見合った治療を行う
逆の方向から見ればアメリカの医療制度は、金持ちが助かる、お金がなければ十分な治療は受けられない、貧しい人には厳しい制度となっているのです。
これが自由の国アメリカです。
たとえ命を守る医療においても、社会保障という観点よりも、自由経済の理論が優先されるのです。
アメリカの医療保険は…
原則的に、自由と個人の責任を尊重するという視点にたって、個人が民間の保険会社の保険と契約することが基本となっています。
アメリカらしい表現です。
だから、医療機関は医療保険に入っていない人は治療しません。入院はさせません。
まずは、どんな種類の医療保険に入っているかを確認して、病院として受け入れるか受け入れないかを判断します。
「治療代がもらえない」
「もらえる可能性ない」
と判断したら治療も処置も投薬も一切行われません。
アメリカの公的医療制度
ただそんな中でもある一定の国民を補助する制度があります。
所得が低いことで保険に入れない人のために
「メディケア」
「メディケイド」
という制度です。この2つを、アメリカでは公的医療制度としています。
メディケア(medicare)
「高齢者医療保険」です。
メディケイド(medicaid)
連邦政府と州政府が共同出資する低所得層向けの「医療扶助」のことです。
これも、65歳以上の国民、障害者、低所得者、米軍勤務者とその家族以外はこの制度は受けることができません。
州政府と連邦政府が共同で費用を負担し、実際の運営は州政府が担っているため、医療サービスの内容は州によって異なります。
アメリカの医療保険の保険料
ごくごく一般の市民の中流階級の人の保険料負担は想像以上に重いといえます。
民間保険は、毎月保険料が平均で300~500ドル、日本円だと3万円強から5万強でしょうか。
ご夫婦2人だとその倍、子供がいると(子供の数にもよる)2,000ドル(日本円で22~23万円)近くかかります。
医療保険への加入は個人の自由ですが、保険費用が高額なため、国民の6人に1人が医療保険に入れない状態というのです。
NHKでは、米国民の4,700万人が無保険だと報道していました。
医療保険の種類でカバー範囲が異なります
また入る保険によっては、カバーしている治療内容も違いますし、保険料によってその範囲も変わってきます。
当然、多く保険料を支払えば、より広い治療を安価で受けられることになり、カバー以外の治療を受けると医療費が膨大に膨れ上がるということになります。
道端で人が倒れていて、助けるために救急車を呼んだら…
どうなったでしょう…
なんと、アメリカでは救急車を呼んだ人が倒れてた人から訴えられるのです。
訴えられる理由
救急車を呼ぶと莫大な費用がかかります。
倒れてた人は医療保険に入っていません。救急車を頼んでくれと言っていないのに勝手に頼んだので、この費用は救急車を呼んだ人が払うべきだという訴訟を起こしました。
訴訟大国アメリカですからね。これが現実です。
倒れている人に救急隊でも確認する事項
保険によって受診できる病院が異なるので、大病院の目の前で倒れても救急隊はまずその人が
・ 加入している保険の種類
・ 保険会社に連絡
その後どの病院に行くかが指示されます。
そのため目の前の病院ではなく、数100キロ離れた病院に搬送される事も頻繁にあります。
皆保険制度は財政破綻の「もと」
近年の医療の進歩に伴う医療技術の高度化や少数の保険会社の市場支配といった事情で保険料率は上昇し、結果として低所得者向けのメディケイドの条件を満たす患者は増加傾向にあります。
これを財政逼迫ととらえ、
低所得者等に広く保険をケアすることで、アメリカ財政が苦しくなる
というのが共和党の主張です。
「オバマケア」とは
ここまでのことを理解してもらって、ここから今話題のオバマケアの話です。
オバマケアは前大統領の名前をとった通称で、正式には2つの法律からなる医療制度改革なのですが、その内容の理解が重要なので、ここでは「オバマケア」の通称で通します。
目的
国民の医療保険加入率を引き上げ、極力、無保険者をなくすことです。
数字で見れば、オバマケアにより向こう10年で、保険加入者は3,100万人増加し、加入率は83%から94%に上昇すると試算していました。
現在4,800万人のアメリカ国民が医療保険にひとつも入っていない状態だそうで、この法律では、保険に加入していない人でも職場を通じて自分の保険を買うことができるようになるとしています。
オバマケアは、皆保険制度を作ることではありません
自由と個人の責任を尊重するとう原則にのっとり、従来の個人が民間の健康保険を購入する枠組みの中で、
・ 保険会社に価格が安く購入しやすい保険の提供
・ 既往症などによる保険摘要の差別などの禁止あるいは緩和
・ 健康保険を購入していない個人には確定申告時に罰金(追加税)を科す
以上のことで今まで保険購入をためらっていた階層に購入を促すものです。
オバマケアを、いろんな角度から検証
先ほどの低所得者への公的医療制度「メディケイド」は州の裁量が大きいですが、2010 年に制定されたオバマケアによって、メディケイドの加入資格が拡大され、州の裁量権に制約が増えました。
州の事情に関係なく、メディケイドの加入資格を拡大したのです。
具体的には、高齢者医療制度「メディケア」の対象にならない65歳未満の大人や妊娠していない大人でも、州の収入要件を緩和して、メディケイドの加入資格が与えられるようにしました。
財政負担を嫌い、裁判で異議を申し立てる州もありました。
オバマケアによる新たなメディケイド加入者に対し、最初の3年間は連邦政府が州の支出分を 100%(連邦医療補助率100%)、その後は徐々に減らし、2020年以降は最低 90%を拠出することが規定されました。
州にとって有利な取決めが下されたケースもあります。
アメリカでは、負担が多くなっても広く人をケアするという概念がなじまないのでしょう。
オバマケアによる変化
オバマケアによると、合法的なアメリカ合衆国住民のほぼ全員が何らかの健康保険に加入しなくてはならず、違反者には罰金が科せられます。
共和党はこれを恐るべき 「個人強制保険」と批判し、アメリカは社会主義国家になったと主張しています。
共和党と民主党との見解の相違ですが、バラク・オバマ前大統領は、
・ より多くのアメリカ人が入手可能な価格で質の高い健康保険へ加入できるようにすること
・ 国の医療費を削減することを目的に、医療保険制度改革法により、今まで無保険者であった人の保険加入の門戸を開きました。
ただここで「質の高い健康保険」とありますが、これにより、今まで保険に加入していた人の保険料も上がることになります。企業が負担している場合は企業支出が増えます。
50人以上の社員を持つ企業へ、社員の医療保険提供が義務づけられたことに対して、多くの企業は
「(政府に)罰金を払って企業保険を廃止する」
「今いるフルタイム社員の勤務時間を減らし、大半をパートタイムに降格する」
という「防衛策」をとりました。
大統領選挙でトランプ氏を支持した人には、保険料が増えたことへの反発もあったようで、特に経営者にトランンプ氏支持が多かったのは、保険料アップに対する反発だったこともあるようです。
共和党の悲願「オバマケアの廃止」
共和党の悲願は、このオバマケアを廃案にすることでした。
トランプ大統領が決まり、上下院とも共和党が過半数を制したことで、オバマケア廃案は間違いないと思われていましたが、そうは簡単にはいきませんでした。
トランプ大統領が提案したオバマケアに換わる新法案「ヘルスケア法案」は
・メディケイドの縮小
・医療費の税控除を維持。しかし、オバマケアからは減額
・医療保険を契約していない人への罰金を廃止
・保険会社の高齢者の保険料引き上げを可能に
・非営利団体「プランド・ペアレントフッド」(家族計画連盟)への連邦補助金を1年間停止
*「ブランド・ペアレントフレンド」は、アメリカで人工妊娠中絶手術、避妊薬処方、性病治療などを行っている医療サービスNGOのことです。
共和党と民主党の選挙戦では、人工妊娠中絶の話は常に出てきますよね。
この法案は取り下げられた
事実上、オバマケア廃案断念です。
共和党はオバマケア代替案が連邦財政赤字を減らす効果を強調、10年間で財政赤字は1,500億ドル(約16兆6500億円)減少する見込み、赤字減少幅の推計は、従来試算の3,360億ドルから1,860億ドル縮小したと主張していました。
オバマケアが医療保険に含めることを義務付けている基本的なサービスを、個人保険からこの義務の対象から外すなど、なんとか代替案を可決させるよう動いていたようです。
「オバマケア廃止」をめぐり議会が分断
共和党の穏健派は、同法案が成立すれば無保険者が大幅に増えるとの試算を懸念して慎重な姿勢、一方、保守派はより完全なオバマケア撤廃を求めていて、議会が分断されている状態でした。
共和党下院は庶民の支持を得る必要があり、オバマケア反対の共和党といえども、約1400万人もの無保険者が出ることは、自身の選挙にも影響が出てきます。
代替案のヘルスケア法案では1,400万人の無保険者が出るのです。ホワイト・プアの支持を得て当選したこともあり、この数字は無視できなかったのでしょう。
トランプ政権はやはり機能しないのか
政権運営能力というよりも、ちゃんと政治ができるのかというのが問われているようです。
上下院を牛耳っている共和党悲願のオバマケア廃案が、こんなにも「もたつく」のかというのがマーケットには驚きだったようです。
こんな状態なら、本命の大型減税や大型インフラ投資なんて無理ではないかということから、政策期待のマーケットがすべて見直される動きになったようです。
これがアメリカの医療現場の実体です。
日本社会のアメリカ化?
日本もいずれアメリカみたいになるのでは、日本の皆保険制度が危ない…TPP交渉のときに盛んに叫ばれていましたが、事実、今の日本の社会福祉において、年金制度より医療制度のほうが深刻なのです。
圧力団体となったアメリカ製薬会社が、日本の製薬業界に目を向けているのもそうですが、アメリカの保険会社も、日本にアメリカの医療保険制度を求めているのではないでしょうか。
アメリカに狙われている日本の「医療」
アメリカの金融界が狙っているのが「ゆうちょ」に「かんぽ」なら、アメリカの産業界が狙っているのは、間違いなく日本の「医療」です。
日本の医療法人のM&A、そして製薬業界でしょう。
すでに動いてるアメリカ化
最近、アメリカの製薬会社のCMが出ていますよね。
ギリアド・サイエンシズ…最近、日本の製薬業界の人たちが転職しています。
日本での混合診療解禁も議論されています。
外資系保険会社には、実費を負担する保険商品があります。医療分野は保険業界も注目しています。
これからの日本社会の大きな変化の中心は、まちがいなく「医療」になってくると思われます。(執筆者:原 彰宏)
情報提供元: マネーの達人