中学生の時、ラブレターをもらった。
ノートの切れ端に「好きです。付き合ってください」とだけ書かれ、名前も書かれていないラブレターと呼んでいいのかもわからないようなものだったが、一瞬心が跳ねたのを今でも憶えている。
しかし、その夜、男性の友人からきた「手紙、読んだ?騙された?」というメールを見たときには、告白したわけでもないのに振られたような気分になり、あの時の私のときめきを返してくれと殴りたくなった。

時代が進むにつれ、手書きの文字を見ることが少なくなった。そのせいなのだろうか。ノートの切れ端に書いてある匿名のラブレターは信用のおけるもののように感じたのだ。それこそ、きちんと名乗っているメールよりも。

あなたはいきなり匿名で手書きの手紙をもらったら、どう思うだろうか?
初めは気持ち悪いと思うかもしれない。だけれど、手書きというだけで、相手の誠意を感じたような気にならないだろうか?

赤川次郎先生が著した『明日に手紙を』は、一通の手紙がきっかけで人々の絆が壊れていく様を描いている。ある日、ある男に届いた「私の夫の浮気相手はあなたの奥様です」と書かれた匿名の手紙は、信憑性はまるでなく、不快な手紙だった。しかし、何度か続くと、いつしか手書きで丁寧に綴られたその手紙を心待ちにするようになる。
果たして、手紙を出したのは誰なのか、妻が浮気しているというのは本当なのか、なぜ手紙を送ってくるのか。

日常に起こる些細なことと、様々な人間の思惑が交差し、平和な日常が崩れていく。
手紙は「きっかけ」であり、「全て」ではない。
気がついていたはずなのに考えないようにしていたこと、耐えていたことが何かのきっかけで露わになり、大きなことに発展してしまう。

実はこの小説、 2001年に刊行されたのだが、2018年12月に出版社を変え、復刊した。
復刊した作品は、登場人物の考え方などになんとなく時代のズレを感じたりするものだが、本書はそういったことは全く感じない。人が表にはださない暗さや思惑というのは、今も昔も変わらないということだろう。
幅広い年齢層で立場も全く違う人間それぞれの思惑が描かれているため、読んだ時の自分に似た立場や年齢の登場人物と自分を当てはめながら読み進めてしまい、その時々によって感じ方が全く変わる不思議な小説だ。読んだことがある人も、もう一度読んでほしい。

因みに、私が中学生の時にもらったラブレターが何の「きっかけ」になったかというと、その男性とお付き合いをはじめ、付き合ってちょうど10年が経った昨年、結婚した。

…と、そんな少女漫画的展開にはならなかったが、強いて言えば、その男性の友人のことを避けるきっかけにはなった。

自分でも気がつかないうちに「きっかけ」は訪れているかもしれない。
帰ったらまず、郵便受けを開けてみようと思う。

(実業之日本社 コンテンツ・ライツ本部 鎌倉 楓)

『明日に手紙を』 赤川次郎 著 722円+税 実業之日本社




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情報提供元: FISCO
記事名:「 騙される方が悪い?ある日届いた一通の手紙【Book】