第2セットが終わってセットカウントは0-2。2019年の全豪オープンでベスト8をかけて戦う男は窮地に立たされていた。プロ転向後、18歳という若さでATPワールドツアー初優勝を飾り、日本にテニス旋風を巻き起こした男、錦織圭だ。
「もうダメだ」その試合は誰もがそう思っていた。しかし、錦織は追い詰められた後に真価を発揮する選手だというデータもある。大丈夫だ、そう自分に言い聞かせ、手に汗握りながら画面越しに見守り続けた。

ネガティブなコメントがSNS上を駆け抜けるなか、ただ一人、錦織だけはひたすら前も見ていた。圧倒的ビハインドにも怯まず、怒涛の集中力で対戦相手であるブスタ(スペイン)を追いかける。劣勢とは思えない鋭いフットワークとプレースメントで観客を湧かせながらも、本人はいたって冷静。ギリギリの綱渡りのなかにある僅かなチャンスを逃さず、セットカウントを2-2のイーブンへと持ち直した!

そして最終セットがはじまった。家で、会社で、電車内で、スタバで、スマートフォン片手に応援するテニスファンの期待と不安は全て、一時間後にあらわれる結果を楽しみにしている証拠。何千キロ離れていても心が一つになれるスポーツというものは、やはり素晴らしい。がんばれ、ケイ!

ブレイク、ブレイクバック、そしてキープ…取られたら取り返すシーソーゲームが展開し、落ち着く暇もない。そして終盤、ゲームカウント5-4と王手をかけた錦織のサービスゲーム。緊張が最高潮に高まるこの場面、溢れんばかりの気持ちで相手選手はブレイクをもぎ取り、カウントを5-5に戻す。なんてメンタルだ…。

そしてゲームカウントは6-6と並び、今大会から採用された「10ポイント」タイブレークに突入した。10ポイント先取した選手に軍配が上がる局面になり、泣いても笑ってもこれが最後の攻防。
ポイントの先行を相手に許したまま試合が進み、カウントは8-5で相手リード。この状況を打開したい。そう考えたであろう錦織が強気にネットに詰めたとき、それは起こった。本当に、一瞬時が止まったようだった。

「アウト!」
ネットに触れて宙に浮かんだ相手のショットが錦織サイドに落ちた数コマの後、審判のコールが響いた。
死に物狂いでこのポイントを奪取したい相手は「チャレンジ」という3Dシステムで判定を確認したところ、誤審(実際はインでプレー続行するべき場面)だとわかった。しかし、当時の状況を踏まえたうえで、そのポイントは錦織に入ってカウントは8-6に。その進行に不満をあらわにした相手選手は抗議するが、主審には受け入れられなかった。流れを逃した相手は失速し、そのまま連続ポイントの10-8で、錦織が勝利を手にしたのだ!!

そんな紙一重の極限状態でも勝利を収めることができたのは、勝敗が決まるその一瞬まで、絶対に諦めない錦織の信念があったからに違いない。
1分だけ、試合開始が遅れていたら負けていたかもしれない。あと少し観客がうるさかったら、負けていたかもしれない。それはもう、奇跡の大逆転勝利だった。
いや、もしかしたら最後のタイブレークの出来事すら、起こるべくして起こったのかもしれない。そう考えると、たかが一勝、されど一勝。錦織圭の底力を垣間見ることができたのではないか。

今でこそトッププレイヤーとして君臨してはいるが、ずっと順風満帆だったわけではない。挫折を味わい、ときにはテニスから逃げたくもなり、数々の試練を乗り越えてきたからこその「今」だ。
そんな若かりし頃の私生活からテニスまで、錦織のご両親やIMGの協力を得てつくられたのが『錦織圭15-0』だ。どこよりもリアルに、成長の軌跡を描いている良書!

じゃあいつ読むか? 今でしょ!

(実業之日本社 編集本部 鏡 悠斗)


『錦織圭15-00』 神 仁司 著 本体価格1400円+税 実業之日本社




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情報提供元: FISCO
記事名:「 錦織圭—勝敗をわけた、10年分の経験値—【Book】