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「左警戒、右見張り」という言葉は、旧大日本帝国海軍が海軍軍人の心構えとしたものである。千変万化する海の上で生活する際に、左の障害物だけに気をとられ、右から近づく脅威への警戒を怠り、船を危険な状態に陥らせるなという教えである。この言葉は、一つのことに集中して他のこと、又は全体を見失ってはならないというビジネス上の教訓とも置き換えることができるであろう。
2月3日から米海軍が主催している台湾東方における日米共同訓練は、アメリカが「左警戒、右見張り」の精神にのっとり、ウクライナ危機に対処しつつ、台湾へのコミットメントを誇示するために行われた共同訓練であった。日本にとっても、ミサイル発射を継続する北朝鮮と、台湾への軍事的圧力を高めつつある中国への警戒という二正面への対応といった観点があったと考えられる。それでは、台湾に対する日米共同作戦の実態はどのようなものとなるであろうか。
2022年2月4日付、米海軍広報誌USNIは、2月3日から米海軍1個空母戦闘群(CSG : Carrier Strike Group)と2個両用戦群(ARG : Amphibious Ready Group)が海上自衛隊と、フィリピン海において共同訓練を実施していることを伝えた。それぞれの両用戦群に所属する海兵遠征部隊(MEU : Marine Expeditionary Unit)は、人員約2,000名、地上部隊に加え、航空戦闘部隊(攻撃ヘリ、輸送ヘリ、固定翼攻撃機等)からなる。エセックスARGには、ハワイを母基地とする11海兵遠征部隊が、アメリカARGには沖縄を母基地とする31海兵遠征部隊が乗艦しており、通常はそれぞれ別の人間が指揮を執る。USNI紙は、2個ARGが合同部隊を編成するのは2018年以来と伝えている。
米太平洋軍は今回の訓練(Nobel Fusion:高貴な融合)の目的について「アメリカ、同盟国及び友好国に有利な情勢を作り出すために、「相手の海洋利用拒否」、「重要地域の確保」及び「行動の自由を確保」すること」と伝えている。CSGが空母を含めて6隻、ARGがそれぞれ3隻の強襲揚陸艦、合計12隻、そして海上自衛隊の「こんごう」が本訓練に参加している。また、各種報道によれば、陸上自衛隊水陸機動団の隊員が、沖縄において、米海兵隊と揚陸作戦の訓練を行ったとことが伝えられている。米太平洋軍HPによれば、海上自衛隊「こんごう」は、空母リンカーンの攻撃機FA-18Eによる対艦攻撃訓練に参加している。
台湾への軍事的圧力を強める中国
中国は台湾に対する軍事的圧力を強めており、2021年11月28日には、バシー海峡を抜け、台湾南東部の空域に爆撃機6機、空中給油機1機を含め合計27機を飛行させている。また、2021年12月19及び20日には、空母遼寧が西太平洋において航空機の離発着艦訓練を実施している。明らかに、東西両面から台湾を攻撃することを想定した行動と言える。今回日米共同訓練が行われた海域は、まさに同じ場所である。同海域を中国が自由に使える海域にしないという米軍の意図が感じられる。そして、台湾を巡る米中の軍事的対峙に、共同訓練の名のもとにすでに日本は参加しているのである。しかしながら、日本国内の反応は鈍い。
2021年12月1日、安倍元首相は、台湾が主催するシンポジウムにおいてオンライン講演を行い、「台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある」と述べている。それでは、現在の日米安保、同ガイドライン及び日本国内法上、台湾有事はどのように位置づけられるであろうか。
2015年9月に制定された平和安全法制では、新たに「存立危機事態」及び「重要影響事態」という概念が導入された。「存立危機事態」は、武力行使の三要件を改正した上で新たな三要件を規定し、我が国以外への攻撃事態にも武力行使が可能とするものである。「重要影響事態」は、そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃にいたる恐れのある事態であり、米軍又は外国軍隊への後方支援が可能というものである。
台湾を巡り米中が軍事衝突した場合、地理的にも米軍基地がある沖縄が戦場となる可能性は極めて高い。その意味で、「台湾有事は、日本有事」という安倍元首相の認識は正しい。国内法的には「存立危機事態」と認識するべきであろう。台湾を巡り米中が軍事衝突を起こしている事態を「重要影響事態」と整理、後方支援のみ実施するとした場合、日米安保体制は破綻する。
「存立危機事態」と認定しても、総理大臣は安全保障会議の助言を得て「対処基本方針」を作成、閣議決定を経て国会審議を得ることとされており、一定の時間が必要である。特に緊急の必要がある場合は、防衛出動の命令を事後承認とすることができるが、台湾有事が我が国以外への攻撃であることを考慮した場合、事の重大性から、事前承認が求められるであろう。指定行政機関や地方公共団体等への指示は国会承認を経なければ正式に示すことはできず、対応が後手に回る可能性が高い。
「鈍い」日本国内の反応
軍事行動の特性から、事態が急速に進む可能性があり、対処基本方針や地方における対処措置はあらかじめ大枠を定めておかなければ対処できない。2004年に制定された国民保護法は、武力攻撃事態等における各地方行政機関に国民保護に関する措置を実施する事が求められている。しかしながら、万を超える住民の緊急避難等の措置に関しては、種々の制約から実動訓練が難しく、机上の空論となっている可能性が高い。
今回の日米共同訓練は、実施海域及び2個MEUが参加しているということを考慮すると、台湾有事を含んだ訓練と言える。最悪の事態に備えるという観点から、日米の軍事組織が台湾有事における連携要領を確認することは当然である。2015年4月に合意した日米防衛協力のための指針において、日本以外の国に対する武力攻撃対処行動として協力できる作戦の例に、「アセットの防護」や「海上作戦」がある。今回の海上自衛隊「こんごう」の役割は、これに該当する。
「左警戒、右見張り」は、いかなるリスクにも立ち向かい、安全を確保する心構えを示している。中国による台湾軍事侵攻というリスクは多くの国民が認識している。しかしながら、それによって我が国が負わなければならないリスクへの対応についての関心は低い。国民の多くが見たくない、あると思いたくないリスクへの対応策を推進するのは政治の役割である。今こそ政治家にその勇気が求められている。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:海上自衛隊/EYEPRESS/REX/アフロ
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