ベトナムの全方位安全保障協力は単なる対中ヘッジではない。国民には根深い対中不信感がある。オイルリグ事件後の2017年春のPew Research Centerの調査によれば、ベトナム人の88%が中国を「好ましくない(Unfavorable)」と回答している。この数字は、調査対象となった42カ国中最大である。この背景には前述した中越紛争だけではなく、幾度となく中国と干戈を交えた歴史があると思われる。更に、2015年のオイルリグを巡る中国との争いでベトナムが示した中国への毅然とした対応は、どのような相手であれ、国家主権を守り抜こうとする国家の矜持を示すものであった。筆者が過去意見交換したベトナム軍人は、「ベトナムは過去に、中国だけではなく、フランス、アメリカといった大国と戦い負けたことがない」との強烈な自負を持っていた。歴史的に見れば、幾度となく中国王朝の支配を受けているが、ベトナムの国家主権を守るという強い意志と、国家としての矜持は見習うべき点は多い。