令和3年度防衛白書には、新たな領域を巡る動向・国際社会の課題として、初めて「気候変動が安全保障環境や軍に対する影響」が取り上げられた。その背景には、気候変動をはじめとする環境問題は、国家の安全保障に直結する問題であるとの認識が一般化しつつあることがある。今年1月27日、バイデン大統領は環境問題への配慮は米国の外交政策と安全保障の基本的要素であるとの大統領令を発出している。米国防長官は、本大統領令を受け、3月9日に国防省内に「気候変動に関する作業部会」を立ち上げることを明らかにした。その目的は、国防戦略及び関連する戦略、作戦計画、調達計画全般にわたり、気候変動が与えるリスクを考慮することである。

防衛白書が指摘する気候変動が安全保障環境に影響を及ぼす範囲は、以下の3つの領域に分類することができる。

1つ目は、気候変動に伴う資源争奪の激化である。北極海の融氷が進むことによる、北極海の海底資源の争奪及び北極海の覇権をめぐる争い、そして温暖化に伴う水資源の争奪等により、安全保障環境が変化するという視点である。

2番目は、気候変動が国家ガバナンスの弱い国家を直撃し、内政が不安定化し、これが国際的に波及するケースである。太平洋の島々における事態が最も可能性が高いが、わが国に最も大きな影響を与えるのは北朝鮮である。昨年の大雨及び洪水の影響で食糧事情が悪化していることが伝えられているが、この社会不安が拡大し、金正恩政権が揺らぐ可能性が否定できない。核及び弾道ミサイルを保有する国家の不安定化が周辺国家に与える影響は甚大なものがある。

最後が、気候変動の結果もたらされる、台風、大雨、洪水、森林火災等の大規模災害が与える影響である。日本では大雨、洪水に比較すると森林火災に対する危機感は低い。しかしながら、2019~2020年のオーストラリアにおける森林火災は、約97,000平方キロメートル、ポルトガルの国土面積に相当する地域が被害を受けている。森林消失に伴う洪水や砂漠化等の影響は極めて甚大である。防衛省は国際緊急援助活動としてC-130輸送機2機を派遣、所要の輸送支援を実施している。

防衛白書では、これらの気候変動がもたらす安全保障上の問題に対応するための国際的枠組みの構築や装備の調達に加え、軍そのものが温室効果ガス削減を含むより一層の環境対策が求められてくるとしている。殺戮と破壊がもたらす抑止効果で平和と安定を目指す軍の装備に環境への配慮を求めるというのは、ある意味パラダイムシフトと言える。

米海軍は2016年1月、ステニス原子力空母打撃群10隻及び航空機70機の約7か月間にわたる展開に、植物油や動物の脂肪等から作られたバイオ燃料を、従来の燃料に混ぜて使用する試みを行っている。この艦隊は第2次世界大戦前の「Great White Fleet」の名前と対比させ、「Great Green Fleet」と呼称された。当初は50%をバイオ燃料で補うとされていたが、確保したバイオ燃料の制約から、実際は10%程度であったようである。この試みは「Green」という名前が冠されているように、環境問題に関心があったことは否定できないものの、むしろ、燃料消費量を削減することによる運用効率の向上があった。バイオ燃料の使用に関しては、原材料を確保するために森林破壊が進むことや穀物等の供給不足、そして多頭飼育に伴う環境への影響等について懸念が示され、必ずしも進んでいない。しかしながら、「Great Green Fleet」運用に係る各種データは、今後温室ガス排出削減の観点から、再度注目を集めるものと考えられる。

現時点で、アメリカが示している環境問題に関する戦略文書は、トランプ政権下で示された2件である。2019年1月に公表された「変動する気候が国防省に与える影響に関する報告書」は、洪水、旱魃、砂漠化、森林火災及び永久凍土の融解が米軍施設に与える影響を評価したものである。世界に展開する米軍79施設のうち約2/3が洪水に脆弱、半分以上が旱魃に脆弱、約半数が森林火災に脆弱と評価されている。それぞれの災害に応じた米軍施設の強靭化、隊員への影響評価、訓練方法の見直し、関係国との協力を提言している。

2019年6月に示された「国防省北極戦略」は、北極海の融氷が進むことによる北極海航路の実用化、資源開発、観光等の可能性の増大というプラス面と、水温上昇、生態系への影響、水面上昇、世界規模での気候変動のリスクというマイナス面が指摘されている。そして米国国防上の観点から、早期警戒と弾道ミサイル防衛上の重要地域であり、戦略的競争関係を激化させることなく、ルールに基づく秩序維持を図っていくとしている。

いずれの文書も、令和3年度防衛白書の内容に比べると、一部の分野しか言及されていない。資源の争奪に伴う国家間の対立激化や気候変動に伴う不安定国家の増大という安全保障上の課題や、軍自らがカーボンニュートラル化を図っていくという視点は見受けられない。

アメリカ国内における環境に対する見方は、党派によって大きく異なる。2019年10月前半のピュー・リサーチ・センターの調査によれば、民主党支持者の82%が、共和党支持者の38%が気候変動は人間の生活に影響を与えると回答している。今後バイデン政権が公表する「国家安全保障戦略」や「国防戦略」において、防衛白書を超える気候変動対策を講じてくる可能性が高いものと考える。

環境に優しい軍隊というのは、極めて違和感のある表現ではあるが、環境保護といった分野から最も遠いところにいる軍事組織においても、グリーンに関する配慮が必要な時代が来ているという理解が必要であろう。

サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。

画像:防衛省ホームページ(https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/)


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情報提供元: FISCO
記事名:「 グリーンと安全保障−令和3年度防衛白書−【実業之日本フォーラム】