フランスに比較すると英国のインド太平洋地域における権益は必ずしも多くない。しかしながら、大英帝国旧植民地から構成される「イギリス連邦(Commonwealth of Nations)」の54カ国の内、インド、豪州、ニュージーランド等多くの国々がインド太平洋地域に存在している。コモンウェルス憲章には、民主主義、人権、法の支配といった共通の価値観が明記されている。2021年5月に英国が主催したG7外務・開発大臣会合コミュニケでは、中国に対して「国際法及び国内法上の義務に従い、人権及び基本的自由を尊重するように求める」とし、香港における高度な自治や、台湾の世界保健機関の諸フォーラムへの参加を支持するというような強いメッセージが発信された。英国のこれらの動きは、中国の既存の世界秩序への挑戦に危惧を覚え、これに対し積極的に行動するという英政府の強い意志を感じさせる。
「5カ国防衛取極め」(FPDA : Five Power Defense Arrangement)は、イギリス軍のスエズ以東からの撤退方針を受け、1971年に、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、マレーシア及びシンガポールの5カ国で締結された防衛取極めである。マレーシア及びシンガポールが攻撃を受けた場合、締約国は対応策を協議すると規定されている。極めて緩い防衛協定であり、当時者以外には注目されていなかったが、2000年代には、マラッカ海峡の海賊対処や対テロといった主として非伝統的安全保障の分野で機能してきた。そして最近では大規模な各種統合演習を定例化し、伝統的安全保障分野での役割も拡大している。空母クイーン・エリザベスはFPDA締結50周年を祝うためにシンガポールに寄港することが明らかにされている。FPDAの枠組は、イギリスがインド太平洋地域に兵力を展開する足掛かりとなっている。