中国とロシアはかつて「中ソ友好同盟相互援助条約」を締結していた。中国の強い要望から、相手国が攻撃を受けたならば自動的に参戦するという、自動参戦条項も規定されていた。同条約に基づき、多くの武器や軍事技術がソ連から中国に提供された。中国の核、弾道ミサイル及び弾道ミサイル潜水艦の開発は、これらの技術提供が無ければ成しえないものであった。極めて強固な同盟関係にあったといえるであろう。しかしながら、1960年代の中ソ対立を経て、条約そのものが形骸化し、1980年に失効した。

冷戦終結後、唯一の超大国であった米国の単独主義に対応するため、2001年7月に「中ロ善隣友好条約」が締結された。本条約は、相互不可侵、国境地帯での兵力削減、経済・軍事協力をうたっているが、前の条約にあったような自動参戦条項はない。それどころか、どちらか一方が攻撃を受けた場合にも「協議する」としか定められていない。日米安保条約のように(「それぞれの憲法上の規定に基づき」とはされているものの)「共通の危険に対処する」という定めとも大きな違いがある。2019年12月にロシアのプーチン大統領は「軍事同盟は非生産的で不吉なものだ。中国と軍事同盟を結ぶ計画はない」と述べているが、2020年10月には、計画していないとしつつも、「原則として排除するつもりはない」と含みを持たせている。最近の中ロ両国では、中ロの戦略的関係をさらに強化すべきとの発言が聞かれるようになってきた。1月19日に中国解放軍報が報じるところによれば、中国外交部報道官は「中ロの戦略的協力にはいかなる制限もなく、禁じられる領域もない」と述べている。

2018年9月に実施されたロシアの「ボストーク2018」は、ロシア軍の参加兵力が約29万人と冷戦後最大規模であっただけではなく、中国人民解放軍の約3,200人の人員、戦車やヘリコプター等が参加したことが注目された。さらにロシア国防省が公表したところによれば、対抗形式で、中ロが共同部隊を編成したとされている。同演習が実施されたロシア東部軍管区は、極東方面を主担当としており、対中戦も任務としていると見られてきた。中国人民解放軍の参加規模は限定的であったとは言え、友軍の一部として行動したことに大きな意味がある。中国にとって、最新装備に関する技術情報やその運用に関するノウハウ習得の絶好の機会というだけでは無く、米国からの圧力を分散させるという政治的な意味からも、中ロ戦略関係は重要となりつつある。

それでは、中ロ関係は今後益々深化し、かつての同盟関係に発展していくのであろうか。答えは「ノー」である。その理由は、ロシアの中国に対する抜きがたい不信感である。そもそも「中ロ善隣友好条約」の目的は、両国の長大な国境線における平和を確保することである。国境周辺の軍事力の削減がうたわれているのが、両国の長年にわたる相互不信を物語る。今後両国の同盟が進化するのかどうかを占う試金石と成り得る事例を三つあげる。

その第一は、ウクライナである。中国の空母「遼寧」はウクライナから購入したアドミラル・クズネツォフであることが知られているように、中国は多くの装備武器をウクライナから購入している。空母艦載機であるJ-15の元となったSu-33は、最新技術の流出の懸念からロシアとの交渉が暗礁に乗り上げ、ウクライナから同機の試験用機体を購入し、リバースエンジニアリングにより開発したものと推定されている。ロシアにしてみれば、Su-33開発に伴う投資を踏みにじられた形である。さらには、中国にとってウクライナは「一帯一路」の拠点でもある。ロシアは2014年にウクライナ紛争に乗じてクリミア半島を併合している。自らの勢力圏としているウクライナで中国が影響力を増しつつあることは決して歓迎しないであろう。

第二は、ベトナム沖の海底資源探査に伴う軋轢である。ロシアとベトナムは戦略的パートナーシップを発展させることに合意しており、経済的、軍事的に強い結びつきがある。ベトナム海軍はロシアからキロ級潜水艦6隻を購入することを決定している。中国と対立するベトナム沖の海底油田開発をベトナム国有会社とロシアの合弁会社が開発を進めており、開発がさらに進めば中ロ間の政治問題になりかねない。

第三は、北極海航路を巡る対立である。地球の温暖化が進み、北極海航路がアジアと欧州を結ぶ重要航路として浮上しつつある。中国はこれを「氷のシルクロード」として重要視している。2012年には砕氷船「雪龍」が北極点を通過、2013年と2015年の2回にわたり、中国海軍艦艇がオホーツク海を通過した。2015年には初めてベーリング海に進出、米国の領海内を通過するという行動に出ている。オホーツク海はロシアにとって戦略原潜の活動海域として聖域化を図りたい地域である。ロシアにとって、オホーツク海や北極海で中国の軍事的プレゼンスが拡大することは歓迎していない。

中国とロシアは、歴史的にも幾度となく戦争を繰り返しており、相互に根深い不信感を抱えている。両国とも米国から「戦略的競争相手」と認識されており、対米戦略上は協調姿勢をとる必要がある。しかしながら、歴史的記憶だけではなく、前述したような対立を抱えており、両国間がかつての同盟関係にまで発展するには多くの障害がある。

米国の国際政治学者であるランドール・シュウエラー博士は、同盟を結ぶ動機として、対外的に共通の敵に対する安全保障、国内の政治的安定の強化と並んで、同盟国に対する拘束をあげている。中ロ同盟は表面的には協力関係の強さを示しているように見えるが、ロシアにとっては、中国を拘束するという意味合いが大きい。まさに仮面の下に相互不信を抱えた同盟と言えよう。

日本は、両国と尖閣と北方領土という係争を抱えている。両国が日本との領土問題を共通の話題とする状況を作ってはならない。北方領土に対するロシアの姿勢に大きな変化は見られないが、経済的に厳しい状況にあるロシアがシベリア開発に係る日本の協力を得るために、何らかの妥協を行う可能性はゼロではない。さらに、欧州方面でNATOと対立関係にあるロシアにとって、極東方面で日米と緊張関係を高めるのは得策ではない。中ロが強固な軍事同盟に進展することをヘッジするためには、ロシアと一定程度の政治、経済的つながりを持ち、中ロのデカップリングを図るというしたたかな外交が望まれる。

サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。

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情報提供元: FISCO
記事名:「 同盟の仮面の下−中ロ同盟【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】