◆桜坂にスペイン坂。アークヒルズ周辺には桜の名所が多い。オフィスがぐるりと桜に囲われているせいもあって今年は例年以上に桜の花を愛でる機会に恵まれた。開花してから寒冷な天気が続いたことも長く花を楽しめた理由のひとつだ。もうひとつの要因はスマホやSNSなどITの進化。見事な桜の下にはスマホのカメラで写真を撮っているひとが必ずいる。撮った写真をフェイスブックやインスタグラムにアップするのだろう。自分がその場所にいかなくても、たくさんの、ありとあらゆる所の桜を目にすることができる。

◆今年の職場の花見は「エア花見」だった。アークヒルズの桜をライブカメラで撮影、オフィスの共用スペースでスクリーンに映し出された桜の映像を眺めながら飲んだ。場所取りの面倒もない。室内なので花冷えに震えることもない。従ってトイレの心配もない。いいこと尽くしだ。だから、ついつい飲み過ぎてしまうことだけが「エア花見」の欠点か。

◆僕らが花見酒に浮かれているうちに世界情勢は緊迫の度合いを一段と増してきた。サンクトペテルブルグの自爆テロに続いてストックホルムでもトラックが突っ込むテロ事件が起きた。北朝鮮が軍事挑発を繰り返すなか、米国はシリアのアサド政権軍に巡航ミサイルで攻撃を加えた。米中首脳会談が開かれているその最中に、である。中東や東アジアの地政学的リスクの高まりもさることながら、その背景に展開される米中露といった大国の思惑と枢軸の行方、欧州の政治情勢など心配の種は尽きない。

◆海外情勢がこれほど緊迫しているにもかかわらず、日本国内はなんとなく安穏としている。桜の季節がひとの心を和ませている面はあるだろう。だが、どこか遠いところで起きている他人事といった感覚がないか。単に外国で起きているという「距離的な遠さ」ではなく、バーチャルな世界で起きていることのように感じている面がないだろうか。

◆昨年末公開された映画「「アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場」は、無人偵察機(ドローン)が映し出す戦場を、遠く離れた安全な会議室でモニター監視しながら行われる現代の戦争を描いた衝撃作だ。「劇場型戦争」といわれた湾岸戦争から四半世紀。当事者でない者にとって、現代の戦争は一段と「バーチャル化」しているが、戦場では実際に戦火が上がり、血が流れ、ひとが傷つき、そして多くの命が失われる。そこには厳然とした「リアル」がある。「人間は死ぬ瞬間しか当事者になれない」という言葉を日曜日の新聞で読んで、はっとした。(作家・山下澄人インタビュー:日経新聞4/9)

◆「エア花見」はいいこと尽くし、と述べた。確かに花冷えに震えることはない。だが、しかし、春の風に吹かれ、舞い散った桜の花びらが落ちて杯に入る − そういう酒を飲むことはできない。リアルであること。その価値を、その意義を今あらためて考えてみよう。残りわずかな桜の花の下で。

マネックス証券チーフ・ストラテジスト広木隆
(出所:4/10配信のマネックス証券「メールマガジン新潮流」より抜粋)




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情報提供元: FISCO
記事名:「 コラム【新潮流2.0】:エア花見(マネックス証券チーフ・ストラテジスト広木隆)