5月1日、各報道機関は一斉に、「金正恩委員長が、北朝鮮西部の平安南道順川の肥料工場の竣工式に参加した」と元気な姿を見せる写真付きの記事を報じた。公の場に姿を現したのは、4月11日の党中央委員会政治局会議以来、20日ぶりのことであった。この間、金正恩委員長をめぐっては、心臓血管疾患による手術の失敗説や植物人間になってしまったという重病説が飛び交っていた。元気な姿を見せたといえども、健康不安説が払拭された訳ではない。そして、世界各国の関心事は、金正恩亡き後の後継者の選出問題であろう。

後継候補として今最も有力な人物は、実妹の金与正氏であると多くのメディアが報じている。「白頭山血統」であり、現在、金正恩委員長に対する最も信頼できる助言者である。2018年の韓国平昌冬季五輪に北朝鮮特使として外交デビューを果たし、対外的にも存在感を増してきている。しかしながら、北朝鮮では、かつて女性指導者の例がない。

次に候補として挙げられるのは、実兄の金正哲氏であるが、政治的野心はないとされている。また、金正日総書記の異母弟、金正恩委員長の叔父にあたる金平日氏も有力とされている。金平日氏は1988年以降、東欧各国の大使を務め、2019年12月、北朝鮮に帰任しているが、政権掌握を狙えるだけの政治的権力基盤を備えていないとされている。

次に、候補になるのが政権ナンバー2の崔竜海最高人民会議常務委員長であるが、残念ながら「白頭山血統」ではない。ただし、韓国メディアによれば崔竜海氏の次男は金与正氏の夫であるとの情報もあるので、金与正氏の強力な後ろ盾として政権の一翼を担う可能性がある。さらに、金正恩委員長は3人の子供がいるが、まだ幼少のため政権を取るには早すぎる。誰が次期政権のリーダーになるかは、全く予断を許さないというのが現状であろう。

ここで、最有力と見られている金与正氏に、今、政権が移譲されると仮定した場合にどのような問題が生起するか検証してみよう。まず、初めに政権移譲のための準備期間の問題である。過去、2代の政権移譲は周到な準備が図られ、個人崇拝的なプロパガンダを含め、ある程度の時間をかけて地位と権限を付与しながら事を進めてきたという歴史がある。例えば、金正恩委員長の場合には、2008年に金正日総書記が脳卒中で倒れた直後から移譲の布石を打ち、2009年1月に「後継指名」、2010年に「朝鮮人民軍大将昇任、党中央委員、軍事副委員長就任」、2011年に「国家安全保衛部長就任」、2011年12月の金正日総書記死去後「最高司令官就任」という経緯を辿り、2012年4月に正式に父の全ての権限を譲り受け、労働党委員長に就任している。

次に、次期政権を支援する人材や体制の問題である。金正日総書記は、金正恩委員長に権限を委譲するに際し、政権ナンバー2の張成沢氏を事実上の代行者として金正恩委員長の補佐を行う後見人として、党や軍の若返りや政権基盤の強化を行った。ところが、金正恩委員長はこうした強力な支柱をことごとく葬り去ってしまった。金正日総書記の葬儀の際、霊きゅう車の横に付き添っていた軍や警察の幹部7人をすべて粛清または失脚させ、2013年には後見人の張成沢氏をも粛清した。現時点で党や軍に次期政権のリーダーを支える後見人が存在しておらず、信頼できる組織も編成されていない。

金与正氏が次期政権を担うことになるとすると、伝統的な父家長制度国家において、女帝として国家をまとめていけるのかという疑問が残る。政権移譲の準備期間、人材や組織の問題は、過去と比較して大幅に異なっており、その準備が整っていないように思える。北朝鮮の動静は、地域の安定や秩序の維持に大きな影響を与える重要な要素であり、その行方をしっかり見守っていかなければならない。



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情報提供元: FISCO
記事名:「 北朝鮮、金正恩後継者選びの現状整理