安倍首相が新型コロナウイルス対策の一環として布製マスクの全世帯配布を発表したのは、4月1日のことである。全国の介護施設等を対象に優先的に郵送が開始され、17日からは一般家庭にも配布が始まったが、標準的な大人用の不織布マスクと比較するとやや小さめである。世界保健機関(WHO)が使用を推奨しないと発表したこともあり、有効性に対する疑問が払しょくできない今回の布製マスクだが、466億円もの予算を投入した政府に対する批判的な意味合いも込められているのか「アベノマスク」と呼ばれる。

政府が布製マスクの配布を決定した背景には、新型コロナウイルスの感染拡大に伴って医療現場においても不織布マスクの不足が深刻化している事情がある。不織布マスクは2003年頃から使用され始めているが、家庭用マスク2009年度上半期(4月~9月)
シェアで97.7%とそのほとんどを占めている。日本衛生材料工業連合会(JHPIA)の統計では、国内生産と輸入を合わせた生産数量は2010年度以降に拡大を続けており、2018年度の生産量は55億3,800万枚、単純に月産に換算すると4億6,150万枚/月になる。しかし、これでは全く足りていないのが現状だ。

マスク不足を解消するべく政府は製造企業に増産を依頼し、24時間体制で通常の3倍の増産を継続することで、3月には約6億枚の生産を確保した。さらに、「マスク生産設備導入支援事業費補助金」が新設され、13社(3月25日採択分まで)が増産に協力することになった。採択事業者13社による増産は合わせて4,824万枚/月だが、増産部分に対応した生産能力は24時間稼働で8,113万枚/月であり、稼働率約60%で増産していることになる。これを含めて、4月は約1億枚多い約7億枚が生産されることになった。2018年度の輸入を含めた1か月あたりのマスク生産量の1.5倍が確保された形だが、1億2,000万人の全国民が毎日1枚マスクを使用すると仮定すれば6日で消費する計算になる。

毎日1人1枚のマスクを使用すれば1か月で36億枚消費することになるが、そのためにはさらに29億枚/月の増産が必要になる。折しも、増産を決めたアイリスオーヤマが6,000万枚の増産のために約10億円を投資したことが公表された。投資と生産能力に明確な関連性はないが、1つのモデルケースとしてみた場合、29億枚の増産のためには約483億円の投資が必要との計算もできる。それはすなわち、それに近い規模の投資が、マスクの国内自給の可能性を著しく高めることにつながることを意味する。今回政府が配布する布製マスクは1枚260円であり、5,000万世帯に2枚ずつで計1億枚の購入に約260億円が向けられることになる。配布のために計上した466億円のうち郵送等の経費が約206億円になる計算だ。単純に比較するのはやや乱暴であるし、政府が工場を新設することも難しいが、その効果の違いは歴然としている。

サンタフェ総研上席研究員 米内 修防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)
を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。


<SI>

情報提供元: FISCO
記事名:「 布製マスク配布466億円vs月36億枚への増産投資483億円?