《マントラ Mantra》は1986年に製作された作品。素材となっている音は作曲者自身の声で、「a - e - i - o - u」という5つの母音をさまざまに組み合わせ、声明の作法で朗唱したものである。何百回も重ね録りされ、フィルタを通して増幅されることで、やがて単独では聞き取れなかった複雑な音の世界が現れる。 各母音のなかに潜む倍音が強調され共振し合って新たな「旋律」となって浮かび上がる響きの質は、あたかも彼岸から寄せては返す波のような、この世のものとは思えない美しさに満ちている。それは漆黒の闇のなかで天空を見上げたときの、遥か彼方から降り注ぐ星の光と向き合いながら感じる深淵な趣と、自分の内部が空になって無のなかへと吸い込まれていくような印象を思い起こさせる。(堀内宏公)