1. 発表者:
Qu Yuchen (東京大学大学院農学生命科学研究科 生産環境生物学専攻 博士課程2年生)
迫田 和馬(日本学術振興会 特別研究員PD)
寺島 一郎(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授)
矢守  航(東京大学大学院農学生命科学研究科 附属生態調和農学機構 准教授)

2.発表のポイント:
・ 光合成は植物の生産性を決定する最も重要な代謝ですが、高温ストレスの影響を受けやすいという弱点があります。高温に対する光合成応答機構が複雑なことから、地球温暖化を見据えた高温耐性作物の開発は遅れているのが現状です。
・ 本研究では、光合成のCO2固定酵素ルビスコ(注1)と、ルビスコの活性化を促進する酵素ルビスコアクチベース(注2)を増強した二重形質転換体イネを作出することで、高温環境における光合成能力を向上させ、植物体重量を約26%向上させることに成功しました。
・ 本研究成果は、近未来に予想される温暖化環境において高い生産性を示す作物の育成に貢献することが期待されます。

<プレスリリース>
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20210428-1.html

3.発表概要:
近年の温暖化による地球規模の環境劣化や開発途上地域での爆発的な人口増加などにより、食糧の安定供給は人類にとって最も重要な課題になると考えられています。食糧の生産量を増やすためには、主食となる作物の生産性向上が不可欠です。作物の生産性は、葉で行われる光合成能力と密接に関連します。地球の年平均気温が1℃上昇するごとに世界のイネの収量は17%減少すると報告されており、これには高温による光合成能力の低下が関与していると考えられます。よって、高温環境下でも高い光合成能力を発揮する作物を作り出すことが急務となっています。農薬耐性や病害虫耐性作物については、遺伝子組換え技術を用いて、ダイズやトウモロコシをはじめとするさまざまな作物で開発・実用化されてきました。しかし、高温に対する光合成応答機構は複雑なことから改良の鍵となるターゲットは未だ明らかにされておらず、高温耐性作物の開発は遅れています。近未来に懸念される地球温暖化による食糧危機を乗り越えるためにも、高温耐性作物の開発は必須です。
東京大学大学院農学生命科学研究科 矢守 航 准教授らの共同研究によって、光合成のCO2固定酵素であるルビスコと、ルビスコの活性化を促進する酵素であるルビスコアクチベースを増強した二重形質転換体イネを新たに作出し、野生型イネと比較して、高温環境における光合成速度を約20%、最終的な植物体重量を約26%向上させることに成功しました(図1)。
植物の光合成は、私たちの食料ばかりでなく、地球のほぼ全ての生命の究極のエネルギー源です。種々の用途に使われるバイオマス(注3)を供給し、私たちの呼吸に必要な酸素を供給する意味でも、非常に重要な反応です。今後は、近未来に必至の温暖化環境において光合成が抑制されるメカニズムの全貌を解明し、その対策を講じることで、光合成効率の改善を可能にしなければなりません。それが基礎となって、バイオマスや食料増産、地球レベルの大気中CO2濃度の削減につながることが期待されます。

4.発表内容:
東京大学大学院農学生命科学研究科は、地球温暖化に適応した生産性の高いイネを作り出すことに成功しました。本研究成果を2021年4月28日にPlant, Cell &Environment誌で発表しました。
世界人口が今後も増え続けると予想される中、増大する食料需要に応え、将来にわたって食料を安定供給していくことは、世界的な重要課題となっています。また、地球温暖化は作物の生産性を低下させるため、持続可能な食料の安定供給のためには、高温耐性作物の開発は不可欠です。高温による作物の生産性の低下は、光合成システムの障害を通じて起こることが知られています。特に、CO2固定酵素であるリブロース-1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼ・オキシゲナーゼ(通称ルビスコ)の不活性化は、高温環境における光合成能力低下の主な要因です(Yamori et al. 2014 Photosynthesis Res.)。しかし、植物には、不活性化したルビスコを再活性化するルビスコアクチベースという酵素も存在します。高温条件で植物の光合成能力が低下する要因は、不活化したルビスコがアクチベースによって再活性化されないこと、つまりアクチベースが失活するためであると考えられています。
これまでの研究において、高温環境における光合成能力の改良のために、アクチベースを高発現する形質転換体イネを作成し解析したところ、予想に反して、アクチベース量の高発現に伴ってルビスコ量の特異的な減少が引き起こされ、その結果、光合成能力が低下してしまうことが明らかとなっていました。そこで矢守准教授らは、遺伝子発現パターンの異なる二つのプロモーター(注4)を用いて、ルビスコとアクチベースそれぞれの遺伝子を同時に導入することで、ルビスコ量を減少させずにアクチベース量を増強した二重形質転換体イネを作出できると考えました。ルビスコ遺伝子の高発現にはrbcSプロモーターを、アクチベース遺伝子の高発現にはcabプロモーターを用いることで、それぞれの発現に干渉しないように考慮しました。また一般に、C4植物(注5)はC3植物に比べて、高温環境でルビスコ活性化状態を高く維持できることが知られていますが(Yamori et al. 2014)、これはC4植物のアクチベースがC3植物よりも最適温度が高いためだと考えられています。そこで、本研究では、C4植物であるトウモロコシ由来のアクチベースとC3植物であるイネ由来のルビスコをイネに導入しました。作出した形質転換イネから選抜を行い 、ルビスコ量が減少せずアクチベース量が約2倍増加した二重形質転換体イネを複数系統作出することに成功しました(図2)。
次に、これらの二重形質転換体を、温和な環境(25℃)と高温環境(40℃)で栽培し、それぞれの栽培環境下における光合成応答と植物成長を解析しました。屋内型人工気象室において播種後10週間目まで成長させた植物個体の最上位成熟葉を用いて、25℃と40℃における光合成速度とルビスコ活性化率を測定しました。すると二重形質転換体の光合成速度とルビスコ活性化率は、25℃では野生株と同程度でしたが、40℃では有意に高い値を示しました(図3)。また、個体の地上部乾燥重量を測定したところ、二重形質転換体は野生株に比べて26%増加することが分かりました(図4)。本研究成果によって、ルビスコ量を減少させずにアクチベース量を増加させることによって、近未来に予想される温暖化環境において、イネの光合成能力と生産性を向上させることが可能であることが明らかになりました(図1)。
高温耐性品種および新たな栽培技術によって、温暖化に伴って生じる高温や気象変動リスクによる減収および品質低下を回避することができれば、経済効果が約900億円程度に上ると試算されています。今後、近未来に到来する温暖化環境において光合成が抑制されるメカニズムの全貌を解明し、全ての抑制を解除すれば、光合成効率の改善のみならず植物のバイオマス生産量確保のための技術開発につながり、食料増産や地球レベルの大気中CO2濃度の削減にも貢献できると期待されます
本研究成果は2021年4月28日付でPlant, Cell &Environment誌に掲載されます。

5.発表雑誌:
雑誌名:Plant, Cell &Environment
論文タイトル:Overexpression of both Rubisco and Rubisco activase rescues rice photosynthesis and biomass under heat stress
著者:Yuchen Qu, Kazuma Sakoda, Hiroshi Fukayama, Eri Kondo, Yuji Suzuki, Amane Makino, Ichiro Terashima, Wataru Yamori*(*責任著者)
DOI番号:10.1111/pce.14051
アブストラクトURL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/pce.14051

7.問い合わせ先:
東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構
准教授 矢守 航(ヤモリ ワタル)
E-mail: yamori<アット> g.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください

8.用語解説:
(注1) ルビスコ
ルビスコは光合成において、二酸化炭素を固定する鍵酵素として知られており、現在の大気CO2濃度では、植物の光合成全体の速度を決定していると考えられています。この酵素は一般的な酵素よりも反応速度が遅く、植物はこの非効率性を補うためにルビスコを非常に多く生産します。一般的に、植物の葉の可溶性タンパク質の50%ほどを占め、地球上で最も多く存在するタンパク質であると推定されています。

(注2)ルビスコアクチベース
ルビスコアクチベースはCO2固定酵素ルビスコの活性化を制御するタンパク質です。ルビスコ活性は葉内では厳密に制御されており、高温や乾燥ストレスにさらされると、ルビスコは不活性化してしまいます。このときに不活性化したルビスコを再び活性化させるのがアクチベースと呼ばれるタンパク質です。植物の光合成反応は高温ストレスによって阻害されますが、これは高温によってアクチベースが失活するためであると考えられています。

(注3)バイオマス
バイオマス(biomass)は、「バイオ(bio=生物、生物資源)」と「マス(mass=量)」を組み合わせた言葉で、一般的には、植物などの生物から生まれた再生可能な生物資源を指します。バイオマスから得られるエネルギーをバイオエネルギー(または、バイオマスエネルギー)と言いますが、このバイオマスを化石燃料の代替として利用することによって、化石燃料の使用量を削減できるため、地球温暖化対策の一つとして注目されています。

(注4)プロモーター
プロモーターは、転写(DNA からRNA を合成する段階)の開始に関与する遺伝子領域を指します。植物細胞で機能するプロモーターとして、すべての細胞で常に発現する構成的発現タイプのカリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーターやイネのアクチンプロモーター、トウモロコシのユビキチンプロモーターなどを挙げることができます。また、構成的プロモーター以外では、rbcSプロモーター、cabプロモーターのような緑葉組織特異的なプロモーターなどもあります。rbcSとはリブロース-1,5-二リン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ(ルビスコ)の小サブユニット遺伝子、cabはクロロファルa/b結合タンパク質の遺伝子を指し、緑葉組織特異的に強く発現することが知られています。

(注5)C3植物、C4植物
最初の光合成のCO2固定産物が3つの炭素化合物(C3化合物)である植物をC3植物と呼び、これに対して、最初の光合成のCO2固定産物が4つの炭素化合物(C4化合物)である植物をC4植物と呼びます。C3植物には、イネ、コムギ、ダイズ、ホウレンソウなど多くの植物が含まれ、一方で、C4植物には、トウモロコシ、サトウキビ、アワ、シコクビエ、トウジンビエなどが含まれます。C4植物は、光合成の過程で、C3植物も行うカルビン・ベンソン回路の他に、CO2濃縮のためのC4光合成経路を持っています。C4植物の最大光合成速度はC3植物よりも高く、光合成の最適温度もC3植物に比べ高いことが知られています。




図1. 研究概要
熱安定性の高いアクチベースをイネに導入することによって、高温環境における光合成速度と植物成長の促進に成功

【画像 https://www.dreamnews.jp/?action_Image=1&p=0000235732&id=bodyimage1

図2. RubiscoとRCAの二重形質転換体イネの作出
トウモロコシ由来のアクチベースをcabプロモーターで増強し、イネ由来のルビスコをrbcSプロモーターで増強した二重形質転換体を作出した。ルビスコ量が低下せず、アクチベース量のみが増強した二重形質転換体イネの作出に成功した。RCA: アクチベース、Rubisco: ルビスコ。

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図3. RubiscoとRCAの二重形質転換体イネの光合成速度とルビスコ活性化率
25℃および40℃における強光下の光合成速度とルビスコ活性化率を測定した。二重形質転換体イネの光合成速度とルビスコ活性化率は、野生型イネに比べて、25℃では同程度であったが、40℃では有意に高かった。RCA: アクチベース、Rubisco: ルビスコ。

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図4. RubiscoとRCAの二重形質転換体イネの植物成長量
25℃および40℃において75日間栽培した後に、地上部の乾燥重量を解析した。二重形質転換体イネの地上部乾燥重量は、野生型イネに比べて、25℃では同程度であったが、40℃では有意に高かった。RCA: アクチベース、Rubisco: ルビスコ。

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配信元企業:東京大学
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情報提供元: Dream News
記事名:「 地球温暖化に適応した生産性の高いイネを作り出すことに成功 ~高温環境におけるイネの光合成機能を増強し、イネの生産性を25%向上させることに成功~