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図2 (左図)今回採集したコジマイシノミ。体表は鱗粉で覆われ、環境に溶け込んでカモフラージュになっている。(右図)コジマイシノミの雄外部生殖器および周辺構造。配偶時に、これらを用いて雌の産卵管を把握する。
75年前に発見が報告されていた正体不明のイシノミを多数採集し、改めて分類学的検討を行いました。さらに、雄の外部生殖器の極度な特殊化が観察され、このイシノミは、昆虫類が「交尾」を獲得する進化プロセスの原初状態を示している可能性のある、極めて特異なグループに属することが判明しました。
昆虫類は全動物種の75%を占める最も繁栄した動物群です。その99%は翅(はね)を獲得した有翅昆虫類で、残りの1%は翅を獲得する段階には達していない原始的なグループの無翅昆虫類(カマアシムシ目、トビムシ目、コムシ目、イシノミ目、シミ目)です。無翅昆虫類の一群であるイシノミは、陸上に生える緑藻などを主食とし、日陰の湿った岩肌や樹皮に生息している体長15㎜ 程度の昆虫です。水域から陸域に上がってきた昆虫類の祖先は、同時期に陸上に進出した植物である藻類を餌としていたと考えられています。イシノミは当時の状況を今にとどめる原始的な昆虫で、昆虫類の祖先型をほうふつとさせる形態学的特徴を多数持っているなど、昆虫の進化を考える上でも非常に重要なグループです。
75年あまり前、北海道厚岸町からHalomachilis属のイシノミが新種として記載されました。しかし、記載は極めて不十分で、しかもこの属は日本に存在するはずのないものであるなど、再検討が強く望まれていました。今回、本種と同定できるイシノミを多数採集し、その正体を明らかにしました。その結果、本種は極東固有の数種が知られるのみのヤマトイシノミモドキ属であることが判明しました。さらに、詳細に検討したところ、このイシノミは、昆虫の陸上進出に不可欠であった配偶行動の進化の理解につながる、驚くべき特徴を持っていることが確認できました。
筑波大学山岳科学センター菅平高原実験所
町田 龍一郎 客員研究員
名城大学農学部生物資源学科昆虫学研究室
武藤 将道 助教
昆虫類は全動物種の75%を占める最も繁栄した動物群です。その99%は馴染みのある翅(はね)を獲得した有翅昆虫類ですが、残りの1% は、翅を獲得する段階には達していない原始的なグループである無翅昆虫類です。無翅昆虫類(カマアシムシ目、トビムシ目、コムシ目、イシノミ目とシミ目からなる)の一群であるイシノミ目(図1)は、陸上に生える緑藻などの気生藻を主食とし、日陰の湿った岩肌や樹皮に生息している体長15㎜程度の昆虫です。水域から陸域に上がってきた昆虫類の祖先は、同時期に陸上に進出した植物である藻類を餌としていたと考えられていることから、イシノミは当時の状況を今にとどめる原始的な昆虫だといえます。さらに、昆虫類の祖先は、胸部の6本肢以外に、腹部にも肢を持っていたと考えられていますが、イシノミは腹部にも肢があるなど昆虫類の祖先型をほうふつとさせる形態学的特徴(図1)を多数持っており、昆虫の進化を考える上でも非常に重要なグループです。
75年あまり前、北海道厚岸町の岩礁から、Halomachilis akkesiensisとHalomachilis kojimaiという2種類のイシノミが新種として記載されました。しかし、両者とも記載は簡単で極めて不十分なものである上に、Halomachilisという属は日本には存在しないはずのもので、再検討が強く望まれていました。
画像 : https://newscast.jp/attachments/gjgTp16QotQbJesOfiQj.jpg
図1 イシノミ。翅を獲得する以前の原始的な体制を示していて、腹部にも肢の名残の8対の「腹肢」がある。
本研究では、北海道東南部の厚岸町にある岩礁から多数のイシノミを採集しました(図2左)。その特徴が従来のHalomachilis akkesiensisとHalomachilis kojimaiのいずれの記載とも一致することから、今回採集されたイシノミは両者と同一のものであり、Halomachilis akkesiensisとHalomachilis kojimaiはシノニム(注1)であり、先取権の原則(注2)から前者が有効名であることが分かりました。さらに、詳細な形態学的検討から、本種はヨーロッパに分布するHalomachilisではなくヤマトイシノミモドキ属Petrobiellus属に属するもので、Petrobiellus akkesiensis(和名:コジマイシノミ)と改名すべきことも明らかになりました。Petrobiellus属のイシノミは、これまで紀伊半島、八丈島、サハリン、千島列島において数種が知られるのみの極東固有群で、今回、そこにもう一種類加わったことになります。
ヤマトイシノミモドキ属で最も注目されてきた特徴の一つは、特殊化した雄の外部生殖器ですが、これまで、十分な検討ができませんでした。しかし、本研究により、ヤマトイシノミモドキ属での雄外部生殖器の極度な特殊化が確認され(図2右)、予想されていた本種での雄生殖器の把握機能が強く示唆されました。ほとんどの昆虫を含む有翅昆虫類は、雄と雌が外部生殖器をしっかり結合させる「交尾」により移精が完了します(直接移精)。一方、翅を未だ獲得していないイシノミ目を含む無翅昆虫類では、交尾器が発達しておらず、雄が基物に置いた精子滴(精包)を雌が拾い上げることで移精(間接移精)が行われます。間接移精を行う無翅昆虫類は湿潤環境のみでしか生息できませんが、有翅昆虫類が直接移精である「交尾」を獲得したことで、昆虫類は生息域をいたるところに拡大でき大繁栄がもたらされるようになったのです。従って、ヤマトイシノミモドキ属の雄外部生殖器の把握機能は、「交尾」への初原状態を示している、あるいは、間接移精から直接移精への進化のミッシング・リンクを提示している可能性が示唆されます。
画像 : https://newscast.jp/attachments/aFmVypOK6zqVdSQERnkD.jpg
図2 (左図)今回採集したコジマイシノミ。体表は鱗粉で覆われ、環境に溶け込んでカモフラージュになっている。(右図)コジマイシノミの雄外部生殖器および周辺構造。配偶時に、これらを用いて雌の産卵管を把握する。
本研究チームは、コジマイシノミの配偶行動について、動画による検討を続けており、今後、その詳細を明らかにするとともに、昆虫類が「交尾」を獲得する進化のプロセスに関する考察を進める予定です。
また今回、コジマイシノミを多数採集することができたことから、稀少群であるためにこれまで知見が乏しかったヤマトイシノミモドキ属についてのさまざまな生物学的検討が可能になりました。これにより、イシノミ目の系統学的理解、さらにイシノミ目が昆虫類の祖先型に近いことから、昆虫類の進化の議論を深める糸口になると期待されます。
(注1)シノニム
同一とみなされる分類群(例えば種)に付けられた学名が複数ある場合、それぞれをシノニム(同物異名)という。
(注2)先取権の原理
複数の学名が存在するとき、基本的に、より古いものを有効名とする。
本研究は、科研費 [武藤将道:特別研究員奨励費(JP20J00039);町田龍一郎:基盤研究C(19K06821)]のサポートで実施されました。
【題名】
What are Halomachilis akkesiensis and Halomachilis kojimai described from Hokkaido, Japan? (Insecta: Archaeognatha: Machilidae)
(北海道から記載されたHalomachilis akkesiensis と Halomachilis kojimaiとは一体なにものだ?(昆虫綱:イシノミ目、イシノミ科))
【著者名】S. Mtow and R. Machida
【掲載誌】Zootaxa
【掲載日】2024年12月4日
What are Halomachilis akkesiensis and Halomachilis kojimai described from Hokkaido, Japan? (Insecta: Archaeognatha: Machilidae) : https://doi.org/10.11646/zootaxa.5543.3.10
武藤 将道(むとう しょうどう)
名城大学農学部生物資源学科昆虫学研究室 助教
TEL: 052-838-2455
Email: mtow@meijo-u.ac.jp
昆虫学研究室|名城大学 農学部 : https://www-agr.meijo-u.ac.jp/cgi-bin/labo06/
町田 龍一郎(まちだ りゅういちろう)
筑波大学山岳科学センター菅平高原実験所 客員研究員
TEL: 0268-74-2002
Email: machida@sugadaira.tsukuba.ac.jp
昆虫比較発生学教室 町田研究室 ホームページ : https://www.sugadaira.tsukuba.ac.jp/machida/mushi.html
筑波大学広報局
TEL: 029-853-2040
E-mail: kohositu@un.tsukuba.ac.jp
名城大学渉外部広報課
TEL: 052-838-2006
E-mail: koho@ccml.meijo-u.ac.jp
名城大学 農学部 : https://www-agr.meijo-u.ac.jp/
農学部の武藤将道助教が第3回日本節足動物発生学会奨励賞「安藤裕賞」を受賞 : https://www.meijo-u.ac.jp/news/detail_30079.html
【名城大学・国立環境研究所】市民参加型調査の結果を活用し「セミの初鳴き日」に影響する要因に迫る : https://newscast.jp/news/3441225
「世界で最も影響力のある科学者トップ2%」に本学から8名の研究者がランクイン : https://www.meijo-u.ac.jp/news/detail_30637.html