図1 長時間超解像ラマンイメージングによる二硫化タングステンの大面積欠陥評価


図2 リアルタイムドリフト補正機構の概要図


図3 長時間超解像ラマンイメージングによるWS2の大面積欠陥解析

徳島大学ポストLEDフォトニクス研究所 加藤 遼特任助教、矢野 隆章教授、及び大阪大学大学院工学研究科 森山 季(大学院生(当時))、馬越 貴之講師、Prabhat Verma教授らの研究グループは、従来法に比べ12倍以上長い時間の測定が可能な超解像ラマンイメージング顕微鏡を開発しました(図1)。

超解像ラマン顕微鏡(TERS)は、分子の種類や状態を1分子レベルで同定できるため、様々な分野への応用が期待されています。しかしながら、従来のTERS顕微鏡は、顕微鏡のドリフトの影響により測定時間が30分程度に制限されるため、観察可能な物質や測定範囲が限られていました。

今回、共同研究グループは、TERS顕微鏡のドリフトの影響をリアルタイムで補正する機構を新たに開発することで、従来法と比べて12倍以上長く安定した超解像ラマンイメージングを達成しました。この長時間超解像ラマンイメージングにより、電子デバイスへの応用が期待される新材料の二硫化タングステン(WS2)が有するナノメートルサイズの欠陥構造の同定や欠陥占有率の評価を、実際の電子デバイスと同規模の大面積(4,000,000nm2以上)で実施することに成功しました。本手法は、トランジスタをはじめとする様々な電子デバイスに応用される材料の欠陥評価や、長い測定時間を要するためこれまで困難であったタンパク質などの生体分子の観察に応用できると期待されます。

なお、本研究成果は、2022年7月15日14時(米国東部標準時)にScience Advances誌に掲載されました。 https://doi.org/10.1126/sciadv.abo4021

画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/316764/LL_img_316764_1.jpg
図1 長時間超解像ラマンイメージングによる二硫化タングステンの大面積欠陥評価
ナノメートルサイズの欠陥構造の同定・評価を、電子デバイスと同規模の面積範囲で実施できるため、電子デバイスの性能に直結する優位な物性情報を得ることができる。


【背景】
ラマン分光法※1は、分子の指紋とも言われる分子振動情報を反映するラマン散乱光を計測することで、試料内の分子の種類や状態の空間分布を可視化する方法です。その中でも、超解像ラマン顕微鏡(TERS)は、ナノサイズに先鋭化した金属探針の先端に発生するナノ光源を利用することで、ナノメートル空間分解能での超解像ラマンイメージングが可能です。TERSは電子デバイス材料表面の欠陥構造の同定や、単一タンパク質の機能解析など、様々な分野での応用が期待されています。しかしながら、従来のTERS顕微鏡は、周囲の環境の微小な温度変化や振動によるドリフトの影響により、長時間安定に測定を行うことは困難でした。
そのため、従来の超解像ラマンイメージングは、ラマン散乱光が強い試料(カーボン材料など)の観察や、狭い測定領域(数万nm2程度)での観察に限られていました。これまで、超解像ラマンイメージングによる電子デバイス材料が有するナノ欠陥構造のデバイス規模の範囲(数百万nm2)での評価や、ラマン散乱光の微弱な生体分子の観察が強く求められてきました。


【研究成果の概要】
長時間安定した測定を行うには、入射光の集光位置を常に試料上に固定することと、金属探針を入射光の中心に常に留めておくことが必要でした。今回、共同研究グループは、入射光の集光位置と、金属探針と入射光の相対位置をそれぞれリアルタイムで補正する機構を新たに開発しました。
開発した機構では、基板からの反射光を2次元光検出器で検出することで集光位置の変位量を検知し、対物レンズに備え付けた精密ピエゾ機構※2でフィードバック制御することで、集光位置を常に試料上に固定できます(図2(a))。金属探針の位置は、レーザーを金属探針付近で高速スキャンして得られる散乱光画像から検出し、探針の中心にレーザーをフィードバック制御することで、常に探針が入射光の中心に配置されるように補正できます(図2(b))。この2つの機構をTERS顕微鏡に導入することで、従来法と比べて12倍以上長い時間での超解像ラマンイメージングを実現しました。
開発した超解像ラマン顕微鏡を利用して、トランジスタやフォトダイオードなどの電子デバイスへの応用が期待されている原子層物質※3、二硫化タングステン(WS2)の超解像ラマンイメージングを行いました。電子デバイスと同規模の面積範囲内(4,000,000nm2以上)に存在するナノサイズの欠陥構造を同定することや、欠陥占有率を評価することに世界で初めて成功しました(図3)。


【今後の展望】
デバイス規模の領域において欠陥評価を可能にする本手法は、これまで関連づけられていなかった電子デバイスの性能と欠陥分布に関する優位な情報を得ることができるため、電子デバイス材料の強力な物性評価ツールとして期待されます。また、これまで困難であった、脂質二重膜や生細胞などの長い測定時間を要する生体分子への応用も期待されます。これまで狭い領域でしか観察されなかったが故に見落とされてきた特異な物理・化学特性も、本手法を用いることで発見できるため、全く予想すらしていなかった新しい分子の性質や生命現象の発見に繋がると予想されます。


【謝辞】
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 ACT-X「環境とバイオテクノロジー」(研究代表者:加藤 遼、JPMJAX21B4)、さきがけ「量子技術を適用した生命科学基盤の創出」(研究代表者:馬越 貴之、JPMJPR19G2)、創発的研究支援事業(研究代表者:矢野 隆章、JPMJFR202I)の支援を一部受けて実施されました。

画像2: https://www.atpress.ne.jp/releases/316764/LL_img_316764_2.jpg
図2 リアルタイムドリフト補正機構の概要図
(a) 集光位置のリアルタイム補正機構。反射光から得られた対物レンズの位置ずれ情報を元にピエゾスキャナーにフィードバック信号を送る。
(b) 探針と入射光の相対位置補正機構。散乱光画像内の輝点から探針の中心位置を検出する。

画像3: https://www.atpress.ne.jp/releases/316764/LL_img_316764_3.jpg
図3 長時間超解像ラマンイメージングによるWS2の大面積欠陥解析
(a) WS2由来のラマン散乱信号と欠陥由来のラマン散乱信号の強度分布の重ね合わせ像。
(b) 画像内でWS2と欠陥のラマン散乱信号がそれぞれ検出されたピクセル数の比較。応用先であるデバイスと同規模の面積内において、欠陥構造はWS2表面の5%の割合を占有していることを明らかにした。


【用語解説】
※1 ラマン分光法
分子に光を照射し、発生するラマン散乱光を検出することで、物質に含まれる化学構造の決定や、欠陥構造の検出が可能な手法

※2 ピエゾ機構
電圧により伸び縮みする素子により対象物の位置を精密に制御することができる機構

※3 原子層物質
原子一層でできた薄膜からなる物質。代表的な原子層物質としてグラフェンが知られる


【発表雑誌】
雑誌名 :Science Advances
論文タイトル:Ultrastable tip-enhanced hyperspectral optical nano-imaging
for defect analysis of large-sized WS2 layers
著者 :Ryo Kato, Toki Moriyama, Takayuki Umakoshi,
Taka-aki Yano and Prabhat Verma
DOI番号 :10.1126/sciadv.abo4021
情報提供元: @Press