図1 衛星画像から作成した1984-2000と2000-2013の間の洪水氾濫原の水域変化 Hirabayashi et al., 2021a
図2 地球温暖化による過去の洪水の生じやすさ 2010年から2013年に生じた大規模な洪水のうち、過去の地球温暖化で生じやすさが増加したものが青、赤が減少、灰色が有意な変化がなかった流域 Hirabayashi et al., 2021b
図3 2010-2013の期間に、地球温暖化によって洪水の生じやすさが増加した流域(青)と減少した流域(赤)の分布 Hirabayashi et al., 2021b
芝浦工業大学(東京都港区/学長 山田純)工学部土木工学科 平林由希子教授、東京大学生産技術研究所(東京都目黒区/所長 岡部徹)山崎大准教授らの研究グループは、MS&ADインターリスク総研株式会社(東京都千代田区/取締役社長 中村光身)と共同で「グローバルな洪水リスク情報の効果的な活用方法に関する研究」(LaRC-Floodプロジェクト(*1))に取り組み、気候変動により変わりつつある洪水リスクの解析に取り組みました。過去35年間の世界の洪水頻度の変化を衛星画像から検出し、さらに近年の洪水に対する地球温暖化の影響を、気候モデルを用いて解析しました。その結果、観測とモデルの両面から、一部地域では地球温暖化の影響が河川洪水にすでに現れ始めていることを示しました。
温暖化進行や人口増加などにより将来の洪水リスクは世界的に増大することが予想されていますが、今回の研究成果はその変化がすでに起きつつあることを示唆しています。本研究の知見は、企業や行政による洪水をはじめとした気候変動リスクの適切な分析を後押しすることで、温暖化被害の事前対策による削減に貢献できると期待されます。
■ポイント
・洪水氾濫域の増減傾向を衛星画像から検出する手法を開発
・イベントアトリビューションで洪水発生への地球温暖化による影響を確認
・最新の温暖化実験(CMIP6)による洪水予測を公開
*1 芝浦工業大学、国立大学法人東京大学、MS&ADインターリスク総研株式会社およびMS&ADインシュアランス グループ ホールディングス株式会社が共同で取り組んでいる、気候変動による洪水リスクへの影響評価の研究とその成果の社会への還元を目指すプロジェクトです。
■背景:顕在化しつつある地球温暖化リスク
温室効果ガス濃度の増加による気候変動の進行で、将来さまざまな自然災害リスクが増加することが予測されています。気候科学研究の進歩により、近年では将来のリスク変化を示すだけでなく、「現在すでに災害リスクが変化しているか?」「近年の災害にすでに地球温暖化の影響が現れているか?」を解析することが可能になりつつあります。これらは温暖化影響の検出と原因特定(Detection and Attribution)研究とよばれ、これまでに熱波・旱魃・豪雨といった主に気象災害に対する気候変動影響が議論されてきました。しかしながら河川洪水については、気象災害とくらべて空間スケールが小さく、かつ複雑なメカニズムで引き起こされるため、これまでDetection and Attribution研究で扱うことは難しいとされていました。
本研究では、高解像度衛星画像の大規模分析と、最先端の気候モデルデータと全球河川モデルを組み合わせた解析により、近年の洪水に対する地球温暖化の影響を検出することを試みました。
■洪水氾濫域の増減傾向を衛星画像から検出する手法を開発
数百万枚の衛星画像から作成した水存在比の過去の変化と、高解像度の河川の地形図から、洪水氾濫域の洪水発生や規模の増減傾向を検出する手法を開発しました。
衛星画像から抽出した、河川氾濫域の1984年から2000年と、2000年から2013年の間の水の存在比の変化は、河川の年間最大日降水量の増減傾向と相関が高いことが分かりました。これによって、河川流量の観測が無い地域においても、洪水の頻度の変化を衛星画像から検出できる可能性を新たに示したことになります。この手法を適用して衛星画像からグローバルに推計した過去の洪水頻度の変化は、観測ができている場所の29%で増加傾向、41%で減少傾向でした。Hirabayashi et al., 2021a
画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/267789/LL_img_267789_1.png
図1 衛星画像から作成した1984-2000と2000-2013の間の洪水氾濫原の水域変化 Hirabayashi et al., 2021a
■融雪による春の洪水は地球温暖化による影響を受けやすい
2010年から2013年の間に、経済的もしくは人的被害の大きい22の洪水について、地球温暖化がその発生しやすさに影響していたかどうかを、大規模アンサンブル気候実験を用いたイベントアトリビューションという気候変動影響の同定手法を使って明らかにしました。
22の洪水イベントのうち、64%にあたる14イベントが、過去に進行する地球温暖化の結果、その発生しやすさが変化していました。北半球への降水量の増加や、気温の増加による積雪量の減少などが原因となり、融雪による春の洪水は、地球温暖化による影響を受けやすい(8洪水中7洪水が増加または減少)ことが判明しました。
画像2: https://www.atpress.ne.jp/releases/267789/LL_img_267789_2.png
図2 地球温暖化による過去の洪水の生じやすさ 2010年から2013年に生じた大規模な洪水のうち、過去の地球温暖化で生じやすさが増加したものが青、赤が減少、灰色が有意な変化がなかった流域 Hirabayashi et al., 2021b
画像3: https://www.atpress.ne.jp/releases/267789/LL_img_267789_3.png
図3 2010-2013の期間に、地球温暖化によって洪水の生じやすさが増加した流域(青)と減少した流域(赤)の分布 Hirabayashi et al., 2021b
■最新の温暖化実験(CMIP6)による洪水予測
LaRC-Floodプロジェクトでは、企業や行政などによる将来の気候変動リスクの把握や対策などに役立てるため、2018年から地球温暖化による将来の洪水リスクマップを公開しています。今般、2021年から2022年に発行される予定の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書にあわせて、最新のCMIP6温暖化実験による洪水リスクを新たに公開しました。Hirabayashi et al., 2021c
※最新の温暖化実験(CMIP6)に基づく将来の洪水リスク情報を7月21日にMS&ADインターリスク総研株式会社よりWebGISを利用して公開( https://www.irric.co.jp/LaRC-Flood )しました。
■今後の展開
これまでのLaRC-Floodプロジェクトを発展させる形で、2021年7月1日から国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「官民による若手研究者発掘支援事業」の下、テーマ名「気候モデル出力と地理情報ビッグデータを活用した広域洪水リスク情報創出(JP21500379)」において、より高度な洪水リスク研究に取り組み、産業界での活用までを視野に入れた高精度の広域洪水リスク情報の創出とその実用化に向けた研究を加速します。
■研究グループ
芝浦工業大学工学部土木工学科 :平林由希子教授
東京大学生産技術研究所人間・社会系部門:山崎大准教授
MS&ADインターリスク総研株式会社 :寺崎康介マネジャー上席研究員
■論文情報
1.
●著者名/Hirabayashi, Y., H. Alifu, D. Yamazaki, G. Donchyts and Y. Kimura
●論文名/Detectability of variation in river flood from satellite images
●掲載誌/Hydrological Research Letters, 15(2) 37-43, 2021a.
https://doi.org/10.3178/hrl.15.37
2.
●著者名/Hirabayashi, Y., H. Alifu, D. Yamazaki, Y. Imada, H. Shiogama, and Y. Kimura
●論文名/Anthropogenic climate change has changed frequency of past flood during 2010-2013
●掲載誌/Progress in Earth and Planetary Science 8, 36.2021b.
https://doi.org/10.1186/s40645-021-00431-w
3.
●著者名/Hirabayashi Y., M. Tanoue, O. Sasaki, X. Zhou and D. Yamazaki
●論文名/Global exposure to flooding from the new CMIP6 climate model projections
●掲載誌/Scientific Reports 11, 3740. 2021c.
https://doi.org/10.1038/s41598-021-83279-w
■芝浦工業大学とは
工学部/システム理工学部/デザイン工学部/建築学部/大学院理工学研究科
https://www.shibaura-it.ac.jp/
日本屈指の海外学生派遣数を誇るグローバル教育と、多くの学生が参画する産学連携の研究活動が特長の理工系大学です。東京都とさいたま市に3つのキャンパス(芝浦、豊洲、大宮)、4学部1研究科を有し、約9千人の学生と約300人の専任教員が所属。創立100周年を迎える2027年にはアジア工科系大学トップ10を目指し、教育・研究・社会貢献に取り組んでいます。
■東京大学生産技術研究所とは
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/
国内最大規模の大学附置研究所で、約400名の教職員、約800名の大学院学生、総勢1,200名以上が、教育研究活動に従事しています。工学のほぼ全領域を包含する総合工学研究所また世界的中核研究所として、先端的な工学知の創造・発信と実践的な人材の育成を両輪とし、社会における様々な課題の解決や産業の創成に貢献し、数多くの分野融合かつ国際的な活動を組織的に展開しています。
■MS&ADインターリスク総研株式会社とは
https://www.irric.co.jp/index.php
MS&ADインシュアランス グループのリスク関連サービス事業会社として、1993年1月の創設以降、リスクマネジメントに関するコンサルティング、調査研究、セミナー開催など、お客さまの多様なご期待に応える各種のサービスを提供しています。企業・組織を取り巻くリスクがますます複雑化・多様化する中、先進的なリスクソリューションの提供により、お客さまの期待に応え、活力ある社会の発展と持続可能な社会づくりに貢献します。
■MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス株式会社とは
https://www.ms-ad-hd.com/ja/index.html
三井住友海上火災保険株式会社、あいおいニッセイ同和損害保険株式会社などの保険会社を有する保険持株会社です。グローバル市場での業界トップ水準の保険・金融サービス事業を通じて、安心と安全を提供し、「活力ある社会の発展と地球の健やかな未来」を実現する価値創造企業として、世界50の国・地域で事業展開しています。未来のあるべき姿を目指し、ステークホルダーの皆さまと、社会的な価値の共創に取り組んでいます。
情報提供元: @Press