薬は、数百円で簡単に手に入る。

 東京都心から少し離れた、駅徒歩3分のマンション2階。心療内科を掲げたドアの向こうは、「トー横キッズ」と呼ばれる若者たちが足を運ぶクリニックだ。

 「ちょっと眠れなくて」

 ひと言、受付で口にすれば、診察室にも行かず問答は終わる。わずか数分で30日分の睡眠薬を受け取れる。

 東京・歌舞伎町で、若者による薬物の過剰摂取(オーバードーズ)が止まらない。

 医師の処方箋が要る向精神薬でさえ容易に手に入れ、気軽に融通し合う。この街には、そんな世界が広がっている。

「友だちに言われて」

 7月、専門学校に通う女性(19)は「やっぱりやめられない」と言った。

 蒸し暑い夏の夜、黒いブラウスに黒いパーカ姿。長袖で覆った腕の下には、リストカットの痕がある。1年ほど前から、歌舞伎町を居場所にするようになったという。

 オーバードーズ(OD)は、彼女の習慣だ。多ければ週2回ほど、薬で意識を飛ばす。

 「嫌なことがあったり、生きているって感じたかったり。あとは、友だちに『しようよ』って言われたら」

 そんな時、女性は菓子のように錠剤を口に入れる。よく飲むのは市販のせき止めだ。「40錠の瓶を一気に飲むのはしょっちゅう」と言う。

 自分が持っていなければ友人からもらう。薬の譲り渡しは市販薬でも違法だが、歌舞伎町では日常茶飯事だ。

 「生きるための逃げ道なんだよ。やめた方がいいのは分かってる。音楽を聴いて気分転換ができるならやらないけど、そうじゃない時、私は薬に走っちゃう」

薬なら……

 中学生の頃から母親の暴力を受けてきた。

 成績が悪い。帰る時間が遅い。その度にたたかれ、物を投げられた。父親はいつも見て見ぬふりをした。

 やがてリストカットをするようになった。

 「ツラいと思った時に初めてやった。痛みを感じて『生きてる』って思えるの」

 でも、手や足を切れば傷が残る。それが嫌だなと思っていた頃、歌舞伎町に来てODを知ったという。

 「薬なら傷が残らないし、嫌なことがあっても、ODすると記憶が全部なくなる。『昨日何があったんだろ?』って感じでスッキリする」

 看護を学び、いずれは医療の世界で自らと同じように「生きづらさ」に悩む子どもたちと関わりたいと思う。今はまだ、自分の心の揺れに耐えられない。

価格は正規の250倍

 歌舞伎町の一角に集う少年少女らが「トー横キッズ」と呼ばれるようになって、まもなく5年になる。この間、ODによる若者の救急搬送や死亡事案が数えきれぬほど繰り返されてきた。

 警察は補導や取り締まりを続けているが、若者たちはどこからか薬を手に入れる。

 「歌舞伎町には子どもたちを相手に薬を売る人物もいるし、ODに使うとうすうす気づいていながら簡単に多量の睡眠薬や精神安定剤を処方する医者もいる」(捜査関係者)

 冒頭のクリニックには2025年11月以降、女子中高生が来るようになったという。

 取材に応じた男性院長は「若い男性に連れられて2、3人ずつ。薬が欲しいと言うので処方した。後からニュースを見てOD用だったのだと気づいた」と話す。

 最近は来なくなったが、自身の処方に問題があったとは思っていない。「出した薬をどう飲むかは本人の問題。ODに使ったとしても、それは居酒屋が酒を出しすぎたようなもの」

 ODに走る若者らが最もよく服用する薬の一つが、サイレースという睡眠薬だ。飲むと、薬に含まれる色素で舌が青くなる。その舌の写真を、若者たちはファッションのようにSNSに投稿する。

 サイレースは医師の処方を受けて保険が利けば1錠当たり2円ほどだ。それが、歌舞伎町では1錠500円で売られている。

 場の雰囲気に身を委ね、手を伸ばす。そんな若者の感情につけこむような思惑が値をつり上げる。

少女たちに薬を渡す人物

 先の女性も、その値段で買ったことがある。相手は、トー横で知り合った男性だ。

 「3月ごろかな。別の友人と3人でファミレスに行ったら、薬が大量に入ったポーチを持っていたから『ちょうだい』って言ったの」

 相手から「1個500円」と言われ、彼女はその場で現金を渡して2錠買った。後日、まとめて服用したという。

 取材を続けると、同じ男性から睡眠薬を譲り受けた女性が何人もいることが分かった。

 やはり、歌舞伎町に出入りを続ける高校3年生の少女(17)も3月、この男性から何度も睡眠薬を受け取ったと明かした。

 「もらっていたのは、サイレースやデパス(睡眠を促す抗不安薬)。いつも1シート(10錠)をくれた」

 男性からは4月に「今度1万円持ってきてね」と言われたが、結局金を払うことはなかった。

複数のクリニックに出入りする人物

 この男性が利用していたのが、新宿から電車で40分ほどの場所にある冒頭のクリニックだ。他にも歌舞伎町に近い別のクリニックにも出入りし、常に大量の向精神薬を持ち歩いていたという。

 7月、記者は歌舞伎町から姿を消したこの男性に会いに行った。

 訪ねたのは、都内のある警察署だった。【洪玟香】

情報提供元: 毎日新聞
記事名:「 2円の薬が「500円」飲むのをやめられない少女たちの入手先