刑期を忘れた高齢受刑者も 広島の刑務支所、出所後見据え特別訓練
尾道刑務支所(広島県尾道市防地町)は、認知症や筋力の衰えなど高齢者特有の問題を抱える受刑者の心身の健康維持を目的に、特別な訓練を実施している。現在70~80代の3人が作業療法士らの指導を受けながら、出所後の生活を見据え取り組んでいる。【渕脇直樹】
2月下旬、70代の男性受刑者が支所2階の食堂でラグマット(厚手の敷物)作りに取り組んでいた。網の目状のシートに赤や青のアクリル毛糸を通して結ぶと、カラフルな魚の柄が浮かび上がった。作業療法士2人と輪になって棒を投げ渡す運動もあり、男性の顔には笑顔も見られた。
男性は「1年近く(刑務支所に)入っている」と話す。ところが実際の入所は2019年。殺人と銃刀法不法所持の罪で服役中のこの男性は受けた刑期を覚えていないのだ。訓練を担当する作業療法士は「この作業をしなければ(認知症が)進む」と話す。
支所は1985年から広島矯正管区(中国地方5県)の高齢の男性受刑者を受け入れてきた。24年2月1日時点で受刑者約200人のうち約17%(33人)が65歳以上。
そのため施設内部は高齢者に配慮してバリアフリー化され、受刑者の居室や廊下、浴室などには転倒防止の手すりがある。体力が衰えた80代受刑者らが利用する居室には、熱中症や低体温症対策としてエアコンが取り付けられている。担当者は「過度なバリアフリー化はせず、高齢者にも適度な負荷をかける配慮をしている」と説明する。
一般の受刑者は出所後の社会復帰に向け、げたやプランターの製造作業に従事する。一部の高齢受刑者は、認知症の進行を遅らせ、身体機能を維持する目的で週1回、マット作りや台紙へのシール貼り、折り紙など特別な訓練に取り組む。細かい手作業で集中力を養い、脳を活性化させる狙いだ。
訓練は22年8月から試行しており、刑期が6カ月以上のうち認知症などの診断を受けた5人の高齢受刑者がこのプログラムの対象となった。支所の担当者は「単純作業では認知機能が低下する可能性がある」と説明する。冒頭の高齢受刑者は「作業は楽しい」と話した。同様の訓練は全国11カ所の矯正施設で導入され、広島刑務所(中区)でも新年度中に実施予定という。
23年版犯罪白書によると、22年の入所受刑者の高齢者率は14%。人口の高齢化に伴い増加傾向にあり、22年には高齢受刑者744人のうち28人が認知症と診断された。矯正施設は今後、専門知識を有するスタッフ確保や設備の見直しなど福祉機能の強化が避けられない見通しだ。