「主婦の暮らしと地域に密着した信頼性の高い情報発信」を志とする『リビング新聞』のネット版『LIVING Web』が、ちょっと面白い記事を配信していた。



 



「親友」と呼べる人は何人いる?



 



……なる質問に対するアンケート調査で、結果は以下のとおり。



 



0人:27.5%

1人:22.2%

2人:20.4%

3人:16.5%

6人以上:6.2%

5人:4.4%

4人:2.9%



 



ピッチャーの見極めもできていない準備不足の状態で打席に立ったら、いきなり内角胸元を鋭くえぐる剛速球──曲がりも落ちもしない、あまりにシンプルな問いかけではあるが、不覚にも深く(※「不覚」と「深く」が駄洒落になっている)自問自答してしまった。私には果たして「親友」と呼べる友は何人いるのか……と。



 



goo辞書には、



 



親友=互いに心を許し合っている友。特に親しい友。



 



……とあった。なんとも曖昧で脆弱な定義である。



 



30代・40代・50代……と、ちょうど10年に一人の確率で、私の執筆活動のターニングポイントとなる “編集者”とは出会うことができた。そして、40代・50代に出会ったその二人の男性とは今でも親交は続いており、仕事だけではなくプライベートでもけっこうな頻度で飲みに行ったり、一緒にスポーツをしたりもしている。



 



ただ、彼らを「親友」と、たとえば他人に紹介するのは……微妙な違和感もなくはない。多かれ少なかれ “仕事がらみ”ゆえ、内緒にしている隠し事も、相談できない悩みも、けっこう思い当たる。嘘だってたまにつく。同業者、しかも同性ゆえ、潜在化なライバル意識のようなものがあるのかもしれない。仮に、自分が “どん底”の状態にいるとき、彼らの “成功”を私は “自分のこと”のように心から祝福できるのか? 正直、そこまでの無償の愛を彼らに注げる自信はない。おそらく嫉妬のほうが先立ち、そんなときは「破局もやむなし」ってことになってしまうのではなかろうか。



 



……と考えれば、本記事のアンケート調査が弾き出した、一見「え! そんだけ?」と、驚きの声も聞こえてきそうな「0人か1人がほぼ50%」という数字は、じつに正鵠を射た真っ当な “現実”だとジャッジせざるを得ない。



 



今回の新型コロナショックによる長〜い外出自粛期間を経て、私はこう実感した。



 



結局のところ、非常事態において最後の拠り所として行き着くのは、妻や夫あるいは恋人なのではないか?



 



(もし、そうした始終顔を突き合わせていても別れることのないパートナーが実在するなら)自分の嫌な部分をさらけ出せる(さらけ出すしかない?)ことができて、相手が喜びや幸福を感じるなにかを無条件で共有することもできる……。つまり、妻(夫)や恋人こそが、もっとも淀みなく「親友」と呼べる唯一無二の存在なのである。性関係を結んだ相手は「親友」から除外する、という縛りさえなければ……だが?


情報提供元: citrus
記事名:「 「親友」ってなんだろう? 人間関係のスタイルが長い外出自粛生活で劇的に変化した今、改めて考えてみる