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「先生、患者さんが病室で夫婦喧嘩しています!!」
私のPHSに、ナースからSOSコールが入りました。電話の向こう側から響く、言い争う男女の声。夫婦喧嘩の仲裁にも呼ばれるとは……。内心、医者の仕事とは何なのか考えさせられつつも、相当テンパっている様子のナースに急かされて病室へ向かいます。
夫婦喧嘩の主は藤崎彩子さん(32才、女性)。その日、緊急入院となったばかりの患者さんです。このところ食欲はあるのに体重が減っており、動悸や手の震えが出てきたとのことで受診されました。
入院治療が望ましいと説明するものの、感情が昂ぶった様子で物申され、ご主人とともに説得の上、ようやく入院の運びとなったところでした。病室へ入り夫婦だけになったところで、夫に対して不満が爆発したようです。
ベッドに腰掛けた藤崎さんに、再び入院治療の必要性を説明すると、その点は納得されている様子。ご主人に家事や子供のことで申し送りをした際の、「わかった、わかった」というそっけない態度にイライラしたとのこと。
ご主人にも話を伺うと、このところ藤崎さんは家族に対しても苛立っており、とくにご主人にはいつも喧嘩腰だったそう。「まだ更年期じゃないですよね…」。ご主人は、きっかけもなく妻の機嫌が悪くなったことに困惑気味です。なぜ藤崎さんは突然苛立ちはじめたのでしょう?
■戦闘モードに入る病気!?
入院検査の結果、藤崎さんは「バセドウ病」と診断されました。首元にある甲状腺という器官がホルモンをつくり過ぎてしまう病気です。
甲状腺ホルモンは交感神経のはたらきを増強します。交感神経は戦闘モードをONにする神経なので、脈を早め、鼻息を荒くし、性格も攻撃的になります。バセドウ病で甲状腺ホルモンが上昇した藤崎さんは、その過剰なホルモンの影響で苛立ち、夫にも八つ当たりしていたのでした。
内服薬による治療で甲状腺ホルモンが徐々に下がってくると藤崎さんの性格も落ち着きを取り戻していきます。イライラがなくなってきた頃合いをみて、あらためて藤崎さんの経過を詳しくさかのぼってみると、甲状腺ホルモン過剰による症状出現の時期と、夫婦仲がギクシャクしはじめた時期とが見事に一致。後日、藤崎さんは、入院した日の荒れっぷりが嘘のように穏やかになり、ご主人に連れられ退院していきました。
ホルモンの異常は、ときに人の性格にまで影響します。入院時の藤崎さんの態度も病気の影響だと推測できれば、真に受けることなくかわすことができますが、いつも一緒にいる家族が突然苛立つようになると困惑するのも無理はありません。近くにいる家族だからこそ、ときに客観的にお互いを観察し、今までと違うところがないか気にかけてあげたいものですね。