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日々医師として診療していると、テレビが患者さんに大きな影響を与えていることを実感します。特に医療ドラマの影響は大きく、ドラマの演出を現実だと思い込んでしまう人は多くいます。
医療ドラマは、多くの方が医療に興味を持っていただく題材として有効なツールではありますが、医師としては「フィクションと現実の境界」をきっちり分かっておいていただきたいという強い思いもあります。今回は、私が実体験をもとに、医療ドラマが医療現場に与える影響について具体的に書いてみたいと思います。
■実は医師は使わない、「成功」という言葉
私たち外科医は、手術の前に必ず患者さんとご家族を病院にお呼びし、手術の手順やリスクなどを慎重に説明します。このとき患者さんからよく言われるセリフが、
「手術の成功率はどのくらいでしょうか?」
「手術は失敗しませんか?」
といったものです。
有能な外科医が主役のドラマで、「成功率○%に挑む」「絶対失敗しない」というように、「成功」や「失敗」といった言葉がよく使われる影響でしょう。しかし現実に私たちは、手術に関して「成功」や「失敗」という言葉を使うことはほとんどありません。その言葉の定義があまりにあいまいだからです。私たちはたいてい、手術が終わった後ご本人やご家族に対し、
「手術は予定通り終わりました」
と言います。
ここで「成功しました」という言葉を安易に使えません。手術後は一定の確率で術後に合併症が起こるため、「成功か失敗か」はまだ判断できないからです。場合によっては、術後に創部感染(傷が膿む)を起こしたり、肺炎や脳梗塞、心筋梗塞を起こしたりして命に関わることもあります。
私が専門とする消化器外科手術では、胃や腸を縫い合わせたつなぎ目がうまく治りきらず、内容物が腹腔内に漏れて「縫合不全」という合併症を起こすことが一定の割合であります。これが起こると、例えば当初1週間の予定だった入院が、1~ 2ヶ月と長引きます。どんないい薬にも副作用があるのと同じで、どれだけ腕のいい名医が、どれだけ丁寧に手術をしても、合併症をゼロにすることはできないのです。
では、こうした合併症が起きたら「失敗」でしょうか?例えば、がんを予定通り切除でき、これによってがんが治るかもしれない状況なのに、合併症が起こっただけで「失敗」と言えるでしょうか?むしろ、予期せぬ合併症が起きても、それを早期に発見し、適切なタイミングで治療を加えて患者さんが無事退院できたなら、とても「失敗」とは言えません。
では逆に、こうした合併症が全く起きなければ「成功」でしょうか?がんの手術後に、残念ながら数ヶ月で再発するかもしれないのに、早々と成功と言えるでしょうか?がんの手術自体はうまくいったとしても、一体どのタイミングで「成功」と言えばいいのでしょうか?
以上の理由から、手術に「成功」や「失敗」という言葉を安易に使うことができない、というのが私たちの感覚です。
実は「成功率」というものをシンプルに算出する手立てもありません。私たちができることは、過去のデータから推定される、起こりうる各種の合併症の発生率と、どんな患者さんにそれらが起こりやすいかを丁寧に説明することだけです。ドラマで出てくる「成功」や「失敗」といったセリフは、あくまで分かりやすい演出に過ぎない、思っていただきたいと思います。
■現実にはめったにない病気が患者の不安を煽り惑わす
医療ドラマでは、比較的頻度の低い疾患が描かれることが多い傾向があります。例えば、2017年秋に放送されたあるドラマでは、「有鉤嚢虫症」という寄生虫疾患や、「甲状腺オカルト癌」「胆嚢がん肉腫」といった珍しい病気が登場しました。こうした発生頻度の低い病気を、名医が患者さんのわずかな異変から見抜いて治療する、というストーリーが、ある意味ドラマの醍醐味でもあります。
確かに、医療ドラマで風邪やインフルエンザ、胃潰瘍、痔などのありふれた疾患を使って魅力的なストーリーを描くのは難しいでしょう。しかし、こうしたドラマの影響で、多くの人がかかるありふれた疾患より、珍しい、頻度の低い疾患の方が広く知られ、軽い症状を無用に重くとらえ、かえって心配になる人を増やす、という不都合があります。
外来でも患者さんから、「ドラマで見た○○という病気の症状と一致するのですが、大丈夫でしょうか?」という質問を受けることはよくあります。これはドラマに限らず、「○○があったら注意!」のような、無用に不安感を煽るバラエティ番組の影響もあります。ドラマを通して、医療に関して多くの知識を得ることは望ましいことである一方、「ドラマでよく出てくれば現実でもよくあること」と無意識に誤解する人が増える、という危険性もあるのです。
私は自分のブログで医療ドラマの解説を行なっています。目的は、医療ドラマによって医療に興味を持ってくれる人を増やすとともに、ドラマと現実の違いを明確に認識していただき、危険な誤解を防ぐ、ということにあります。医療ドラマの影響が非常に大きい以上、医師としてこうした情報発信の重要性を、日々感じているのです。