湯煎でじっくり食材に火を通す低温調理。低温調理は手間をかけずにお店レベルの料理ができる一方で、加熱不足による食中毒のリスクも持ち合わせます。今回は、食中毒菌の死滅温度や肉の低温調理に適切な加熱温度・時間など、安全に低温調理を行うために知っておきたいポイントを解説します。

低温調理とはどんな調理法?

「低温調理」とは、下処理をした食材を密閉袋に入れて真空状態にし、6、70℃など比較的低温で湯煎加熱して火を通すという調理法です。専用の器具も発売され、近頃では自宅で低温調理を楽しむ方も増えています。

調理自体はほとんど放置しておくだけなので手間なく本格的な料理が出来上がると人気を集める一方、忘れてはいけないのが「食中毒のリスクがある」ということ。
そもそも食材となる生肉や生魚には食中毒の原因となる細菌やウイルスなどが住みついています。

そのため、肉や魚を食べるときには十分に加熱し、食中毒を発症しないレベルまで細菌などを死滅させなければいけません。

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ところが低温調理の場合、その他の調理法よりも加熱温度が低いため、時間をかけないと中まで火を通すことができません。

低温調理を楽しむためには、加熱温度と加熱時間を管理すること、また、衛生的に食材を取り扱うことが重要なのです。

食中毒の原因と細菌・ウイルス・寄生虫の死滅温度

食中毒が起こる原因のほとんどは、食中毒の原因となる細菌やウイルス・寄生虫が付いた食材を食べてしまうことによるものです。
食材の加熱温度が低すぎたり加熱時間が少なかったりすると、殺菌が不十分となり、食中毒を引き起こす可能性があります。

飲食店で提供される生肉との食中毒リスクの違い

加熱不十分の食材を食べると食中毒リスクが高まると説明しましたが、飲食店では鳥刺しやたたきなどの生肉が提供されることもありますよね。

飲食店で生の牛肉を提供するときは、国の基準を満たしたうえで、かならず「生食用」として厳しい規格をクリアした肉が使用されます。鶏肉については国の基準がないため生食は推奨されていませんが、鹿児島県など鶏肉の生食文化がある一部地域では、独自の衛生基準が定められています。

一方でスーパーなどで並ぶ肉は「加熱用」として売られていることがほとんどで、厳格な規定がなく、生で食べたときの安全性は保証されていません。

「外食で生肉を食べてもお腹を壊したことがないから、家で生肉や加熱不足の肉を食べても平気なのでは?」と、疑問に感じる方もいるかもしれません。しかし、上記のようにスーパーなどで市販されている肉を生で食べることはとても危険なため、中まで火を通すことが鉄則です。

※参照:
東京都福祉保健局「生食用の肉に法規制等があるのですか?【食品安全FAQ】 」
広島市「生食用牛肉の基準が定められました!生肉の取扱いに注意しましょう!!」
鹿児島県「生食用食鳥肉等の安全確保について」

食材別の食中毒リスクと症状

おもに肉や魚を使うことが多い低温調理。これらの食材によくみられる食中毒の原因菌・ウイルス・寄生虫の例を以下に紹介します。

・サルモネラ菌:肉類(とくに鶏肉)
・カンピロバクター:肉類(とくに鶏肉)
・O157(腸管出血性大腸菌):牛肉・豚肉
・E型肝炎ウイルス:豚肉
・腸炎ビブリオ:魚介類
・アニサキス:魚介類

サルモネラ菌

原因となる食品は生肉や生卵など。
感染すると、8~48時間ほどで発熱・腹痛・下痢・嘔吐などの症状があらわれます。
5.2~46.2℃で増殖(35~43℃で最も活発化)しますが、ほとんどの場合60℃15 分以上の加熱で殺菌されます。

カンピロバクター

サルモネラ菌と同じように生肉(とくに鶏肉)などが原因となる細菌。
発症するまでの期間は1日~7日程度で、一般的には下痢・発熱・倦怠感・頭痛・嘔吐などの症状があらわれます。

カンピロバクターに感染した数週間後に「ギラン・バレー症候群」という手足・顔面のしびれや呼吸困難を起こす神経系の疾患を発症することも。
30~46℃で増殖(42~43℃で最も活性化)しますが、75℃1分以上の加熱で殺菌されます。

O157(腸管出血性大腸菌)

O157はおもに牛肉や井戸水が原因で感染することが多い細菌です。
1日から最長14日ほどで発症し、感染すると腹痛や下痢の症状があらわれます。
7~46℃で増殖(35~40℃で最も活発化)しますが、ほとんどの場合75℃1分以上の加熱で殺菌されます。

E型肝炎ウイルス

E型肝炎ウイルスはその名のとおり、感染するとE型肝炎(急性肝炎)を発症するウイルス。
豚肉・豚レバー・イノシシ肉・鹿肉がおもな原因となり、2~9週間ほどで一時的に皮膚や目が黄色くなる黄疸・発熱・腹痛などの症状があらわれます。
増殖する温度についてはデータが十分ではないのですが、63℃30分以上の加熱で感染性を失うことがわかっています。

腸炎ビブリオ

原因となる食品はおもに生の魚介類です。感染すると、12時間前後で腹痛・下痢・発熱がみられることがあります。5~42℃で増殖(35~37℃で最も活発化)しますが、ほとんどの場合60℃10分以上の加熱で殺菌されます。

アニサキス

アニサキスは寄生虫の一種で、その幼虫は白い糸のような見た目をしています。サバ・アジ・サンマ・カツオ・イワシ・サケ・イカなどの魚介類に幼虫が寄生していることがあり、生きたまま口にしてしまうと食中毒のリスクが高まります。

感染すると、数時間後にみぞおちの激しい痛みや嘔吐、半日から数日後に激しい下腹部痛・腹膜炎症状を生じることも。マイナス20℃で24時間以上の冷凍や、70℃以上もしくは60℃1分以上の加熱で死滅します。

※参照…政府広報オンライン「食中毒予防の原則と6つのポイント」厚生労働省「食中毒」食品安全委員会「食中毒予防のポイント」

厚生労働省から推奨されている食肉の加熱温度

厚生労働省によると、生の食肉は「中心部が 75℃ で1分間以上又はこれと同等以上まで加熱」することが望ましいとされています。

これは「食材が全体的に(中心部まで)75℃となるように1分間以上キープしなければいけない」ということ。「75℃のお湯で1分間以上加熱する」という意味ではないことを覚えておきましょう。

ちなみに「75℃ で1分」という条件は、「70℃で3分」「69℃で4分」「68℃で5 分」「67℃で8 分」「66℃で11分」「65℃で15分」と同じ程度です。

※参照:厚生労働省「大量調理施設衛生管理マニュアル」厚生労働省「食肉の加熱条件に関するQ&A」

肉の低温調理に適した温度は?

食中毒を引き起こさないためには、「75℃で1分間以上」と同じレベルで加熱することがポイントです。低温調理をするときは、いったいどのくらいの温度で加熱すればよいのでしょうか?

食中毒菌を増やさないために、食材が55℃以上となるよう加熱する

食中毒の原因の1つとして、「ウェルシュ菌」が知られています。おもに肉や魚を使った煮込み料理が原因で感染し、100℃で加熱しても完全に死滅しないほど熱に強い細菌です。

ウェルシュ菌は少量であれば問題ないのですが、多量に口にすると食中毒を引き起こすおそれがあるため、増やさない工夫が重要。そこで低温調理では、ほとんどの食中毒菌が死滅し、ウェルシュ菌が増えにくい温度である「55°C以上」で調理することが望ましいとされています。

※参照:食品安全委員会「ウエルシュ菌食中毒 」Dr. Douglas Baldwin 「A Practical Guide to Sous Vide Cooking」

肉を柔らかくするためには、中心温度67℃以下が理想的

食中毒のリスクは怖いものの、あまりに高温で加熱すると肉がパサパサとした仕上がりに……。低温調理のメリットがなくなってしまいます。
食中毒を予防しながら、ジューシーな料理を完成させるためには、どのくらいの温度で加熱するとよいのでしょうか?

そこで押さえておきたいのが「肉の食感が変わり始める温度がある」ということ。
肉を構成するたんぱく質は数種類あり、それぞれ加熱すると弾力を持ったり、かたくなったりと質感を変化させます。
たとえば、50℃になると弾力が出始め、68℃を超えるとかたくなり始めてパサつきが気になるように。

やわらかくてしっとりとした肉料理を楽しむためには、先に述べたウェルシュ菌の増えない温度も考慮して、およそ55℃~67℃の温度に調整するとよさそうです。
ただしこれはあくまでウェルシュ菌と肉の柔らかさだけを意識した数値。安全・安心な温度ではないので要注意です。

温度変化による肉の食感の違いと、肉に関わる食中毒菌・ウイルスの死滅温度をまとめたものが以下の図です。

このほかにも食中毒菌や寄生虫などの食中毒のリスクがあります。表に示している温度が安全性を保証するものではありません。

低温調理の加熱温度・加熱時間には一律の基準がない

低温調理において「〇℃の湯煎で〇分間以上食材を加熱すれば食中毒の危険はない」というデータは現段階で十分にありません
そのため、科学的根拠に基づく低温調理の温度・時間の目安はなく、検証が進められている段階です。

たとえば食肉の加熱基準とされる「中心温度75℃(もしくは同程度)」に到達する時間は、同じ種類の肉であっても、その厚みや部位によっても大きく変わってきます。そのため、一概に「〇℃の湯煎で〇分間加熱すればOK」とマニュアル化することは難しいのが現状なのです。

実際に東京都による「第一回 東京都食品安全情報評価委員会」でも、低温調理の危険性について議題に上がったことも。
低温調理が原因とみられる食中毒が実際に報告されていること。また、今後検証を重ねていき、目安となる加熱時間・加熱温度の条件を決定・周知していきたいということです。

現段階では安全性が保障される明確な基準がないことから、低温調理は食中毒のリスクがあるということをしっかりと認識しなければいけません。
それを踏まえ、食中毒の原因となる菌やウイルスなどが死滅する中心温度・加熱時間を意識しながら、低温調理を行う必要がありそうです。

※参照:東京都福祉保健局「食品衛生の窓」

食中毒リスクを減らすには?

低温調理をするときは、普段の調理よりも徹底した食中毒対策が欠かせません。ここでは、5つの対策ポイントをご紹介します。

低温調理器を使用する

低温調理を行う際は、できるだけ専用の低温調理器を使うようにしましょう。
代表的なものでいうとBONIQ・ANOVA・貝印・アイリスオーヤマなどから販売されています。

BONIQ

1万円弱~2万円ほどの価格帯のものがほとんどなので「ちょっとお高めだな……」と感じる方もいるかもしれません。しかし、食中毒のリスクを考えるとコストパフォーマンスは悪くないでしょう。

さらに食中毒対策として中心温度計で食材の中心温度を測り、目指している温度を必要な時間キープできているか、チェックするようにしましょう。

ヨーグルトメーカーや炊飯器で調理する方法もありますが、どちらの器具もお湯を撹拌する機能がついていません。そのため火の通りにムラができてしまい、低温調理器と同じ時間加熱したとしても食中毒菌が死滅しない可能性があります。

また、通常のヨーグルトメーカー・炊飯器であれば本来の用途と異なるため、故障や事故の原因になりかねません。「低温調理ができる」と謳っているものもありますが、機種によってはパワー不足で十分に火が通っているか不安になるものも。
手間や安全性を考えると、低温調理器としての使用は控えた方がよいでしょう。

低温調理した料理をすぐ食べない場合は、氷水で冷却する

20℃~50℃は食中毒の原因菌が増えやすい温度帯。厳しく温度管理をしながら低温調理をしたとしても、調理後の温度管理を怠ると食中毒を起こす可能性があります。

調理後すぐに食べられる場合は、できるだけ早め(約90分以内)に食べるようにしましょう。すぐに食べられない場合は袋が全体的に氷水に浸かるようにして熱を冷ましてから、冷蔵庫で保存してください。目安としては、30分以内に中心温度を20℃付近(又は60分以内に中心温度を10℃付近)までに下げることが望ましいです。

※参照:厚生労働省「大量調理施設衛生管理マニュアル」

真空状態で低温調理する

湯煎にかける食材は、かならず真空状態にします。食材を入れて封をするときに空気が入ってしまうと、熱がうまく伝わらず加熱ムラができたり、中心まで火が入らなかったりすることがあります。
真空パックする機器がない場合は耐熱性のポリ袋に肉とオイルを入れ、水に沈めながらしっかりと空気を抜くようにしましょう。

子ども・高齢者・妊婦・体調が悪い人は食べない

低温調理で作った料理は、その調理性質上、食中毒の原因を完璧に除去できていない可能性がどうしても残ってしまいます。

食中毒に対する抵抗力の弱い子どもや高齢者、妊婦は食べないようにしましょう。また体調が悪いときも抵抗力が落ちていることが多いため、避けた方がよいでしょう。

衛生面にも配慮しよう

上記に挙げた以外にも食中毒を防ぐテクニックがあります。

・清潔な手や器具で作業する(できればビニール手袋などを使用するとよい)
・生肉・生魚を素手で触ったら、その都度かならず洗う
・新鮮な食材を使う

清潔な環境で作業をすることで、食中毒の拡散を抑えたり、発症リスクを減らしたりすることにつながります。
低温調理をする際には、こちらもあわせて取り組んでくださいね。

食中毒リスクがつきまとう低温調理は、正しい情報を知ることが大切

低温調理は自分の勘や感覚をあてに「なんとなく」な方法で行うと、食中毒が起こりやすくなるという怖い一面を持っています。みなさんは普段の低温調理のやり方を振り返ってみて、いかがでしたでしょうか?

低温調理は正しく慎重に食中毒対策を行えば、家でもプロ並みの料理の仕上がりを期待できる画期的な調理法です。食中毒のリスクときちんと向き合い、正しい知識を備えておきましょう。

情報提供元: トクバイニュース
記事名:「 低温調理の温度と時間はどう決める?食中毒リスクを最小限にするためのテクニックを管理栄養士が解説!