「自分の体を、もっと知ろう」矢方美紀&麻倉未稀が語る乳がん体験と希望への歌声──ピンクリボンフェスティバル2026 オープニングナイト
10月は「乳がん啓発月間」(通称、ピンクリボン月間)。その幕開けとなる10月1日(木)、有楽町朝日ホールにてピンクリボンフェスティバル運営委員会(公益財団法人日本対がん協会ほか)主催による「ピンクリボンフェスティバル2026 オープニングナイト」が開催された。
イベントは二部構成。前半は、20代で乳がんに罹患し、現在は声優・タレントとして活躍する元SKE48の矢方美紀さんが登壇。若年性乳がんのリアルや遺伝子検査の経験について、聖路加国際病院の認定遺伝カウンセラー・鈴木美慧さんの専門的な解説を交えて語り合った。
後半は、デビュー45周年を迎える歌手の麻倉未稀さんが登場。自身の体験談に加え、伝説のドラマ主題歌「HERO」や新曲「My Soul」などを披露するミニライブで会場を魅了した。
自らの体と向き合い、前を向いて歩み続ける二人の女性。その力強い言葉と歌声が響き渡った一夜の模様をレポートする。
25歳で直面した「若年性乳がん」と「遺伝子検査」のリアル
「まさか自分が、がんに……」
25歳という若さで乳がん(ステージ3A)と診断された矢方美紀さん。きっかけは、たまたまテレビで目にした若年性乳がんのニュースだった。知識がないながらも左胸を触ってみると、ビー玉のようなしこりを発見。知人の強い後押しもあり病院へ足を運んだ結果、乳がんが発覚した。
アイドルグループを卒業し、新たな道を歩み始めた矢先の出来事。仕事への不安は大きく、胸の全摘出や抗がん剤治療が自身のパフォーマンスにどう影響するのか、葛藤する日々。それでも彼女は、持ち前の「明るさ」を武器に周囲へ包み隠さず病状を伝え、周囲のサポートを得ながら治療と仕事を両立させる道を選んだ。また、自身の脂肪や筋肉を移植する乳房再建や卵子凍結についても、時間や金銭的な負担、そして何より「まずは目の前の治療に専念する」という強い意思のもと、見送る決断を下している。
矢方美紀(声優/タレント)
1992年6月29日 大分県生まれ。7年半所属したSKE48ではチームSのリーダーを務めた。2018年4月、25歳の時にステージ3Aの乳がんにより、左乳房全摘出・リンパ節切除の手術を受ける。「自身の体を知る」ことの重要性を伝えるとともに、がんになっても夢を諦めない、前向きに生きている姿を日々発信。現在は、テレビやラジオ出演・ナレーション・MC・講演会などの活動に加え、子どもの頃からの夢であった声優として活動中。
トーク後半は、認定遺伝カウンセラーの鈴木美慧さんが登壇。矢方さんが経験した「遺伝子検査」について解説した。
若年性乳がんということもあり、医師から遺伝子検査を勧められた矢方さん。しかし、当時はまだ保険適用外。20万円以上という高額な費用に戸惑いながらも、「将来のリスクに備えられるなら」と受検を決意した。結果は、陽性でも陰性でもない「病的意義不明(VUS)」。明確な答えが出ないことに落胆したものの、のちに「データが蓄積されれば将来的に評価が変わる可能性がある」と知り、検査の意義を実感したという。
鈴木さんによれば、2020年に特定の遺伝子(BRCA1、BRCA2)の検査が保険適用となったものの、依然として条件は厳しく、多遺伝子パネル検査などの最新検査は高額な自己負担を伴うのが実情だ。「遺伝子検査は、その後の人生をどう生きていくかを考える一つの入り口。認定遺伝カウンセラーと一緒に、自分や家族にとってのベストな選択を見つけてほしい」と、鈴木さんは力強く呼びかけた。
鈴木美慧(認定遺伝カウンセラー/サイエンスコミュニケーター)
聖路加国際病院 遺伝診療センターにて、がん領域を中心に遺伝カウンセリングに従事。遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)をはじめとする遺伝性腫瘍について、検査を受ける前の相談から診断後の医療選択、家族との情報共有まで、患者さんや家族が遺伝情報を受け止め、自分らしい選択につなげられるよう支援している。医療現場での実践に加え、市民啓発、がん教育、サイエンスコミュニケーションにも取り組む。ラジオNIKKEI「健康ネットワークneo」パーソナリティ。
術後翌日からの発声練習!? 「歌うこと」が私を生かした
第2部のゲストは、歌手の麻倉未稀さん。50代で乳がんを発見したきっかけは、なんとテレビ番組の企画で行った人間ドックだったという。麻倉さんは「もしあの番組のオファーがなければ、もっと進行していたかもしれない」と当時を振り返る。
がんを告知された時、麻倉さんの頭をよぎったのは「自分の命」よりも「仕事(歌)はどうなるのか」ということ。歌えなくなる自分が想像できない。その強い執念に応えるべく、主治医や麻酔科医は声帯を傷つけない特別な麻酔方法を選択し、スケジュールを縫って手術を実施した。
驚くべきは術後の回復ぶりだ。「3日で歌えるわよ」という主治医のスパルタ指導のもと、なんと術後翌日から病室で発声練習を開始。「極秘入院のはずが、廊下中に歌声が響き渡り、他の患者さんにバレバレだった」という豪快なエピソードに、会場からは驚きと笑いが漏れた。
また、乳房再建については、歌うために不可欠な横隔膜を支える「広背筋」を温存するため、自家組織ではなくインプラント(人工物)を選択。すべては「歌い続けるため」の決断だった。
麻倉未稀(歌手)
1981年「ミスティ・トワイライト」でデビュー。伝説のTVドラマの主題歌「ヒーローHOLDING OUT FOR A HERO」「WHAT A FEELING - Flashdance」はいまだに強烈な印象を残す。2017年にテレビ番組で乳がんが発覚。全摘手術を受けるも奇跡的な回復にて、術後3週間でステージに復帰。その後も精力的に音楽活動を続けており、2026年はデビュー45周年を迎え、8月19日にはデビュー45周年記念アルバム「My Soul~45th Anniversary」をリリース。2018年に地元の藤沢にて「ピンクリボンふじさわ」を立ち上げる。現在は「NPO法人あいおぷらす」で乳がんを中心にがんの啓発活動に取り組み、患者・家族などがんに影響を受けている方の心のケアも行いながら乳がん検診の啓発運動に積極的に参加し続けている。
魂を揺さぶる圧巻のステージ! 45周年の軌跡と新曲『My Soul』
トークに続いては、お待ちかねのミニライブ。 原田達也さんの奏でるピアノに乗せ、アコースティックバージョンで『WHAT A FEELING - Flashdance』『The Breath of Life』がしっとりと、そして力強く歌い上げられる。
続く楽曲は、デビュー45周年記念アルバムから新曲『My Soul』。元プリンセスプリンセスの富田京子さんが作詞を手がけたこの曲は、「還暦をとっくに過ぎた私だけではなく、皆さんの人生にも当てはまるはず」と語る、同世代への力強い応援歌だ。「生きた証 My Soul」というフレーズが、乳がんを乗り越えステージに立つ麻倉さんの姿と重なり、胸に深く突き刺さる。
最後は、伝説のドラマ主題歌『ヒーロー HOLDING OUT FOR A HERO』。イントロが流れた瞬間、会場の熱気は最高潮に。大病を経験してもなお、衰えを知らないパワフルなハイトーンボイスが響き渡り、観客に特大の勇気とエネルギーを与えてライブは幕を閉じた。
笑顔で繋ぐ、未来へのバトン
イベントのエンディングでは、矢方美紀さんとピンクリボンフェスティバル公式メッセンジャーの「モモ妹」がステージに再登場。
「袖でライブを見ていて、鳥肌が止まりませんでした」と興奮冷めやらぬ矢方さんに、「AYA世代の矢方さんが、元気に活動してくれていることがとても嬉しい」と麻倉さんが応える。世代も、向き合ってきた治療の形も違う二人だが、「乳がんを経験し、今を力強く生きている」という絆で結ばれた笑顔の交歓に、会場は温かな拍手で包まれた。
「ブレスト・アウェアネス」を毎日の習慣に
矢方美紀さんと麻倉未稀さん。 二人の体験談に共通していたのは、自らの体に関心を持ち、小さな「違和感」を見逃さなかったことだ。
ピンクリボンフェスティバルでは、乳房を意識する生活習慣「ブレスト・アウェアネス」を提唱している。
1. 自分の乳房の状態を知る(見て、触って、感じる)
2. 乳房の変化に気をつける
3. 変化に気づいたら、すぐに医師に相談する
4. 40歳になったら、2年に1回乳がん検診を受ける
自分は大丈夫。そう思い込まず、日頃から自分の体に意識を向けることが、命を守る第一歩となる。
ピンクリボン月間である10月。東京や神戸でのランドマークのピンクライトアップなど、各地でさまざまな啓発活動が展開されている。この機会に、あなたも自らの「胸」と、そして「命」と、静かに向き合ってみてはいかがだろうか。