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『羊たちの沈黙』の衝撃的な演技でアカデミー主演男優賞に輝いた名優アンソニー・ホプキンス。
あれから30年の時を経て先日再び彼にアカデミー主演男優賞をもたらした感動作が現在公開されている。
原作は数々の演劇賞を獲得した傑作舞台、ホプキンスの娘役としてはこれまたオスカー女優であるイギリスの至宝、オリヴィア・コールマンが素晴らしい演技を見せる。
本作、カメラは主人公のホプキンスを中心に少人数の登場人物全員を映すものの、そこに映る世界は認知症を患った父 ホプキンスの視点を通したものだ。
観客は、その意味において、家族や関係者の戸惑いを含めて、徹底的に認知症患者の不安定な視点、立場を体験することになる。
時に父は娘に対する認識すらあやふやになり、親子の関係性の喪失に娘は大きく心を痛める。
もっとも、2人のすれ違いや衝突はむしろこれまでの2人の絆や思い出の深さを逆に想像させるものでもある。
娘や周囲を戸惑わせながらも、めいいっぱい気丈に振る舞ったり、冗談を言ってふざけたりするホプキンス演じる父親のキャラクターはとても憎めず親近感に溢れている。
だからこそ彼自身が周囲以上に大きく戸惑っていく展開には観客も一緒に動揺してしまうだろう。
ホプキンスの演技はそれほどに神がかっており、実年齢でも高齢を迎える彼の俳優人生の集大成のようにも見える。
本作の脚本はホプキンスへあて書きされているほか、主人公のの名前、年齢、誕生日まで同じ設定にされており、まさに名優が名優たる本領を自然に発揮できる土台が整っていたと言えるかもしれない。
人は誰しも歳を取り、人生の晩年にそれまでのように全てを正しく認識できる状態でいられるとは限らない。
認知症はその典型例だ。
これは自分の親も例外ではなく、もちろん自分自身もそうだ。
改めてそんなことを考えさせられるほどに、本作におけるホプキンス演じる父親の共感力は凄いものがあり、映画の出来事を決して他人事で終わらせないような確かな力がある。
そして、本作の父親が最後に到達した境地は、全ての人間の心を理屈抜きにさらにわしづかみにするだろう。
■監督:フロリアン・ゼレール (長編監督一作目)
■脚本:クリストファー・ハンプトン、フロリアン・ゼレール
■原作:フロリアン・ゼレール
■出演:アンソニー・ホプキンス、オリヴィア・コールマン、マーク・ゲイティス 他
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