東京演芸協会長ブッチャーブラザーズ・リッキー日本の演芸会統一公演目標に掲げる
お笑いコンビ「ブッチャーブラザーズ」が31日、東京・なかのZERO小ホールで「ブッチャーブラザーズ結成45周年単独ライブ」を開催するにあたり、囲み取材に応じた。席上で、今後の目標として、50周年ライブと、日本の演芸会の統一公演を掲げた。
ブッチャーブラザーズは、東映京都撮影所の大部屋俳優からキャリアを始め、そこで知り合った現・最高顧問の森田健作(76)の付き人兼マネジャーとしてサンミュージックに入所。80年にブッチャーブラザーズを結成も、83年にサンミュージックがお笑いから撤退したためプロダクション人力舎に移り、養成所「スクールJCA」で指導。1期生としてアンジャッシュ児嶋一哉(54)、2期生として渡部建(53)を、それぞれ指導。フリーだった98年に、サンミュージックが新世紀お笑いプロジェクト「プロジェクトGET」を発足させ、プロデューサー就任を含めて復帰を打診された。その際、渡部と同期だった坂野を引き連れて復帰した経緯がある。
弟子のダンディ坂野(59)が「ゲッツ」でブレークすると、カンニング竹山(55)がキレ芸で日本テレビ系「エンタの神様」で大人気になって続いた。他事務所で芽を出しきれなかった芸人がサンミュージック入りし、次々と躍進してブレークし“東京お笑い界の父”と呼ばれる存在に。メイプル超合金のカズレーザー(42)も躍進し、お笑いという軸を同社に作った“中興の祖”ともいえる貢献で、リッキーこと岡博之(68)は、23年11月に社長に昇格。「大事はなかったけど辞めなくて良かった、芸能界で上にいけない時には芸を磨いた」と振り返った。相方ぶっちゃあ(71)も「低空飛行で45年。1番、何事にも替えがたいのがライブ。途中で相方が社長になって、助かった」と言い、笑った。
なかのZERO小ホールでは、22年4月1日にコロナ禍で延期していた「40周年+1記念単独ライブ」も開催している。今回も新ネタを3本用意し、2時間弱の公演では舞台上を楽屋の体にして、ネタを終えるごとに着替え、出ずっぱりでネタを披露していく挑戦的な内容にした。今後の目標について、2人は「まずは50周年かな」と掲げた。ぶっちゃあは「(周年公演を)2人きりでやるのは、これが最後かな。2人合わせて140歳だから。次は150歳。でも、来年もライブ、やります。芸人をやっている限り…生きている限りは」と、今後の見通しを語った。
リッキーは、今年6月から一般社団法人東京演芸協会第9代会長を務めており「日本の演芸会の統一公演をやりたい」と、大目標を掲げた。まずは、ナイツ塙宣之(48)が会長を務める一般社団法人漫才協会、灘康次とモダンカンカンの川田恋(70)が会長を務める、一般社団法人ボーイズ・バラエティー協会との、合同ライブ、催し物の「花火を打ち上げたい」と語った。
さらに、落語界が一般社団法人落語協会、落語芸術協会、五代目円楽一門会、落語立川流と分かれていることも挙げ「芸の世界、何で派閥をつくりたがるのかな? 自分たちでできるって、見栄を張るのも芸人らしいんですけど」と指摘。「お互い、手を組んでやればいいのになと思いますけどね。いろいろな人に声をかけて架け橋になれれば」と力を込めた。
リッキーは既に、24年1月に自著「サンミュージックなお笑いの夜明けだったよ! 付き人から×社長になった男の物語」(晶文社)刊行記念トークイベントを開いた席上で「例えば、塙君が漫才協会の会長になったりで、全員が出る寄席もある。各プロダクションが集まった、新しい寄席、ライブぶちあげたらいいのかなと」と口にしている。東京演芸協会第9代会長の重責を担い、思いは一層、強くなっているようだ。【村上幸将】